毎度ばかばかしいよたろう話でございます。
「おい、よたろう」
「なんでございましょう、だんな様」
「おまえさんも、そこそこの歳になってきたんだ。好きな人の一人や二人いたっておかしくないよな」
「好きな食べ物ならたくさんございます。夏はすいか、秋はなすび、そう言えば、だんな様。今年はうなぎに、とんとお目にかかっていませんでしたね。いえいえ、決してうなぎを食わせろと言っているわけではございませんので、どうぞお気をつかわずに」
「だれが、そんなところに気を使うんだよ。食い物じゃないよ、人だよ人、人。女性のことだよ」
「食べ物じゃないんですね、それは残念。まあ、好きな人と言われましても、そんな方とはご縁がございませんでして」
「何言ってんだよ。縁とか運とかいうのは待ってちゃいけないんだよ。自分からつかみとりに行かなきゃいけないんだ」
「ウンをですか?」
「そうだよ」
「自分から?」
「あたりまえだろ」
「つかみとるんで?」
「それぐらいの勢いがなくてどうする」
「できれば勢いよく水で流したいもので」
「何言ってんだよ、そっちのウンじゃないよ。それに、縁とか運とかいうものは、日頃の行いが引き寄せるってえものなんだ」
「円なら、ぜひつかみとりたいものですが。賽銭箱か何かに手を入れるとか」
「そりゃ犯罪だろ。違うよ違う、そっちの円じゃないんだよ」
「まさか、、、」
「何だよ」
「お札の方では」
「だから違うって言ってるだろう。いいかい、良くお聞き。人生とは遠い遠い旅路のようなもの。そんな遠い旅を一人で行くには寂しいだろう」
「はい。あたいは大の寂しがり屋でございます。だんな様が先に死出の旅路に出ようものなら、寂しさのあまり死んでしまうかもしれません」
「おいおい、よたろう。おれを殺す気かい。まあ、おまえさんも死んでしまえば、あの世でまた会えるかもしれないよなあ」
「いや、そういうことじゃなくって」
「じゃ、どういうことなんだい」
「それぐらい寂しいっていうたとえでして、あたいが死ぬなんて、めっそうもございません。」
「あたしのことだけ殺しておいて、勝手やつだね。まあ、いいや。そんな長い旅路をする時には、連れ合いというものが欲しくなるだろう」
「相方ですか」
「まるで漫才みたいだな。まあ、そんなようなものだ。友だちとか恋人とか、嫁さんってことだな」
「そんな、だんな様」
「いらないのかい」
「いただきます」
「だから、そういうのは待ってちゃいけないんだよ。自分からつかみ取りに行かなくちゃな」
「ウンをですね」
「そうだよ」
「がっちりと」
「いいぞ、いいぞ」
「毎日ですか」
「あたりまえだろ。日頃の行いが大切なんだ」
「しまった」
「どうした、よたろう」
「今日のは、もう流しちまった」
「だから、違うんだよ。そっちのウンじゃない」
「わかりました、だんな様。ここは、間違いが起こらぬよう、ご縁の話に限らせていただきとうございます」
「そうだな。運の話はややこしくっていけないね。縁の話なら延々と続いたところで間違わない。本当だろうね、よたろう」
「もちろんです、だんな様。線路は続くよ、どこまでもです」
「おいおい、もう縁が線に変わっちまってるよ」
「ときに、だんな様」
「何だい、話の途中で」
「そのあたいの相方というのは、どちらへつかみとりに行ったら良いのでしょう」
「やっとその気になってきたのかい。そうさな、今時分なら、花火大会なんぞ、若い娘さんが集まるんじゃないかい」
「なるほど、さすがだんな様。ゆかた姿で花火に見とれている娘を」
「そうそう、うまくやれよ」
「つかみとるんですね。こう、腕をぎゅぎゅっと逃げられないように」
「おいおい、それも犯罪だろう。もうちょっと、こうソフトにできねえもんかな。さりげなく、優しく」
「そんなもんですか、なかなか難しそうですね。で、狙い目はどんな子なんですか」
「おっ、ちっとはわかってきたかい。ターゲットは、ずばり困っている女性」
「と、申しますと」
「いいんだよ、いいんだよ。何でも困っている女性を助けてあげれば、あら、何てお優しい方なんですかってことになるんだよ」
「ほんとですか、だんな様」
「ああ、ばっちりだ」
「なんだか、いけそうな気がしてまいりました」
「おう、次の土曜日はちょうど花火大会だ。よたろう、頑張ってくるんだぞ」
「へい、わかりました。存分につかみとってまいります」
そんなにうまくいくとは思えませんが、よたろうは花火大会に行った日から、様子がちょっと変わってまいりました。
「おい、よたろう」
「なんでございましょう、だんな様」
「おまえさん、最近顔色が良くないじゃないか。どうかしたのかい」
「いえいえ、すこぶる順調でございます」
「そうかい、それならいいけど。ときに、花火大会ではいい娘に出会えたかい」
「それがだんな様」
「やっぱりダメだったか。まあ、1回であきらめるんじゃないぞ。何回でも」
「いえいえ、それが」
「どうした、よたろう。おまえさん、ひょっとして」
「はい、だんな様のおっしゃるとおり困っている人を助けてあげましたら、これが妙に気に入られてしまいまして」
「へえ、こりゃあ驚いた。物好きもいるものだねえ」
「なんですって?」
「いやいや、こっちの話だよ。それで、どんなことに困っていたんだい」
「それが何やら失くしものをしたみたいでございまして」
「それは困るよなあ。それで?」
「あたいも一緒に探してやることにしたんです」
「それはいいことをしたな。で、見つかったんかい」
「それがまだなんで」
「へえ、いったいどこで落としちまったんだろうな」
「どうやら、井戸のあたりで」
「ははあん、さては井戸の中に落としちまったんかい」
「詳しいことはわかりませんが、一枚だけ足りないようなんです」
「一枚ってことは、皿か何かかい」
「ズバリご名答、さすがだんな様」
「そうかい。早く見つかるといいな」
「それがなかなか見つからなくて、今日も、夜になったら一緒に探してやることになってるんです」
「そうか。よたろう、寝不足なんだな。それで顔色が悪いんだ」
「困ってる人を放っておくわけにはいかないじゃありませんか」
「そりゃそうだよな。で、その娘さん、名前は何ていうんだい」
「それは忘れもしない、ええと、確か、」
「何だい、忘れちまったのかい。良かったよ、あたしは何だかある人の名前を思い出しちまってね。その人の名前なら、ちょっとまずいなあって思ってたんだよ」
「へえ、そうなんですかい。で、その人の名は」
「お菊って」
「それ! それです、それ。だんな様、よくおわかりになりましたね」
「おいおい、冗談じゃねえぞ。よたろう、もうおまえさん、行っちゃいけない。その女の人に近づいちゃいけないよ」
「ダメですよ、だんな様。おいらの代わりにその娘を取ろうとしてるんでしょう」
「ば、ばか、そんなことするかい。早く手を切らないと大変なことになるぞ」
「おどかしたってダメですよ。あたいは、ちゃんと約束してることがあるんです」
「ああ、その女性と約束しちゃったんかい。それはまずいなあ。で、どんな約束したんだい」
「なんでも、近々ビッグイベントがあるから、ぜひ推してくれって頼まれちゃったんです」
「なんだい、そりゃあ」
「なんでも、だれが一番になるかでもめてるらしいんですよ」
「だれが?」
「いや、だから、お菊さんか、お岩さんか、お露さんらしいんですけど」
「で、そのイベントとは?」
「たしか総選挙とか言っていました。今年のセンターを決めるんだとか」
よたろう版こわ~い話、この辺で終わらせていただきとう存じます。
それでは、おあとがよろしいようで、、、