新作噺(三題話作品:なす ゆかた 選挙)

 夢の健康器具 by Miruba

「静代さん、行きましょうよ」
いつも仲良くしてくれる近所の貴子が誘いに来た。
 
「ねぇ、聞いた?3丁目の田中さん、あのコレクトマグネに行ってから歩けるようになったんですって」
「え?ずっと車椅子だったのに?」
「そうよ、ビックリでしょう?だから言ったじゃない、あれっていいのよ!」
 
駅前にある「コレクトマグネ」という施設は、選挙時期には候補者が選挙事務所を置いたりする大きなプレハブの丈夫そうな建物の中にあり、健康電動椅子をたくさん設置して客に無料で座らせ、その効果を体感させて、販売していた。
最も客から尋ねない限り健康椅子の名前も値段も言わないという徹底ぶりだった。
だからボランティアかNPOと勘違いする人もいるようだった。
 
 
友達の貴子の持病がみるみる軽減するのを側で見ていると、確かに体に良い製品なのであろうとは思ったが、どんな名医でも直せない病気があるように、またどんなに良い薬でも効く人と効かない人がいるように静代には正直なところ_半分胡散臭い_という認識しかなかった。
 
 
もし本当に良いものならどこの病院にだって置いてあるはずだ。
検査の高額機器など何千万や億という単位の機械だって総合病院ともなれば設置しなくてはならないこのご時世に、個人では高いと思える数十万する機械とはいえ、法人や財団ならなんということはない安い金額だ。
それなのに院内に取り入れていないのは、そこに何か問題があるはず、と思ってしまう。
 
だが静代は、信じ込んでいるコレクトマグネの崇拝者貴子には、本当の気持ちを言えないでいた。
いや、一度だけ、いわゆる催眠商法ではないのかと感想を言ったら貴子のご機嫌をいたく損ねてしまった。
面倒だから放っておいたら、
「あなたみたいな人こそ体験させてあげてと、販売員のみっちゃんに言われたの、だから一緒に行こう」
と静代を誘いに来たのだった。
 
襲われることもなかろうと、付き合いのつもりで静代はすでに2週間も通っていた。
もともと丈夫な静代には、特別な反応はなかった。
が、そうなると販売員のみっちゃんに「免疫力が強くなったんですよ」ともっともらしい説明を受けたし、静代もなんだか調子が良いような気がした。
 
ある日、梅雨明けを知らせるように販売員たちがみんな浴衣姿で華やかに客を迎え入れた。
販売員のみっちゃんが言った。
 
「今日は皆さんにお別れを言わなくてはなりません。皆さんご存知のようにこの地区では補欠選挙が始まりますよね。この場所はまた選挙事務所になるので、私たちは出ていくことになりました」
 
何十人と座っている人たちは騒然となった。
 
「それは困る。やっとだいぶ良くなってきたのに。無料だから毎日来ることが出来ました。無料で座らせていただいて申し訳ないとは思いますが、もう少しいてください。私にはこの魔法のような椅子を買うお金はないのです」
半泣きしそうな貴子の訴えが、ほかの客を後押しして「そうだそうだ、やめないで」の合唱となった。
 
販売員のみっちゃんも泣きそうな顔になって、
「みなさんのお気持ちとても分かりますが、本社の決定なので私たち販売員には、なすすべもないのです。申し訳ないです、またきっといつか戻ってきますからね」
 
これが最後と思うと、今まで通っていた人たちはもう二度とそのコレクトマグネに座れないと思うのか、今までタダで座っていたからそのお礼だと言いながら、高額な椅子が飛ぶように売れていた。
 
静代は貴子が悔しそうに眺めているのに気がついてはいたが、「帰りましょう」と促した。
 
静代はその商法に感心してしまった。
さんざん無料で体験をさせて、撤退をする。
買ってくれと営業しなくても、お客さんのほうから買いたくなる心理を利用するのだ。
だからこそ自社の店舗を用意しないのに違いない。
フーテンの寅ちゃんのようにあちこちを渡り歩き、さんざんサービスをして体調の話を聞いて悩みを聞いてあげて親しくなって、ある日風のように去る。
去る時には何百何千万の売り上げになるのだから、何か月無料だって痛くもかゆくもない先行投資なのだろう。
 
 
客は、あるいは患者と思しき人たちは、二度と座れないと思う事に耐えられない。
今買っておかないともう二度と椅子は手に入らない(ネット販売だってあるのに)、今体調がすごく良い(気がする)、病院に行く回数だって減っている、この椅子がなくなったらまた病院に行く回数が増える(に違いない)。
そう、思い込んでしまうのだろうか。
いや、実際に体感している人も、確かに何人かはいるのだし。
 
 
がっかりしている貴子を励まそうと食事に誘った。
次の日の夜、貴子から電話があった。
 
「ね、静代さん、お願いがあるの。少しだけ用立ててくれない?」
 
話を聞いた静代は、返事に困った。
 
なんでも貴子がスーパーで買い物をしていると、販売員のみっちゃんが「偶然ですね」と言って声をかけてきたという。
「貴子さんが困っているのを知っているから、今なら半額で会社と交渉をしてあげる、そのかわり誰にも言わないでくださいね」
 
 
電話を切った後、静代はどうやって断ろうと考えながらつぶやいた。
_怖い、怖い、これは本当に怖い_