エミーは2月で既に24歳になったが、秋までは大学生だった。
小学6年生の時日本の学校に体験留学したのでパリでは留年!していたし、一旦入った大学がどうもぴんと来なくて、その一年後ホテル大学に入りなおしたからだ。
フランスパリにあるこの学校には世界中からホテルマン、ホテルウーマンを目指す学生が集まっていた。
学校卒業と同時に世界中のホテルに散らばって行くのだ。
エミーは両親が日本人ということもあり、日本のホテルへの就職を希望していて、幸運なことに数社から内定を受けていた。
だが同級生のジャックはフランスのホテルにあって、フランス人であるがゆえに過当競争の中、書類選考には通るものの、面接でことごとく落ちていた。
「いいよなエミーは、パリでは日本人観光客のためにいつも研修場所には困らなかったし、また日本のホテルでは日仏英が出来るというだけで就職には困らないんだからな」
「ま、実力の差じゃない?な~んてね、冗談よ。確かに幸運だわね、私。よかったら日本に来れば、プレジダンならちょっと勉強すれば日本語も中国語もすぐに身につくでしょう」
エミーとジャックは幼馴染で、学年は違ったが同じアパートに住んでいることもあり親同士の付き合いもあった。
両親がオペラ観劇やコンサート、パーティーなど夜遊びに出かける時は、相互の家庭に預けたり預けられたりと、家族ぐるみの付き合いだった。
中学からは別々の学校に通ったが、ホテル大学でまた一緒になった。
ジャックはエミーと同じように別の大学から入りなおしていたのですでに26才口ひげを生やしていて見かけはすでに30代後半のようだ。
ジャック・フランソワという名前からPresident(大統領)プレジダンというあだ名がついていた。
というのは、二人が小学生当時、フランソワ・ミッテランが大統領でジャックシラクがパリ市長だったころで、シラクがミッテランに代わり大統領になる、ならない、で世間が騒がしかったのだ。
シラクパリ首相が、学費無料だった学生にも少しは授業料を払ってくれないか。でないと財政がひっ迫しているなどと言い出し法案を提出していた。
当時学生は学費が無料で補償もしっかりしていたので、今でもそうだが仕事を探さずあえてずっと学生を続ける人たちがいて、問題になっていた。
ミッテランの後はシラクが大統領になると誰もが思っていたのだが、当時人気が下降気味だったミッテラン陣営が、学生運動をバックアップ(したといわれている)とうとうシラクは法案をひっこめる形で、ミッテランの再選を許してしまうのだ。
14年間待ったシラクがやっと大統領になり、歴代大統領二人の名前を持つジャック・フランソワという年代物の名前を同級生たちがからかって、ジャックに「プレジダン」というあだ名をつけたというわけだ。
またプレジダン自身も、あだ名にふさわしく優秀でエミーと二人いつも通信簿は最優秀のフェリシタシオンを取っていた。
だが、成績優秀でも就職は別だった。
ホテルの経営学を専攻するプレジダンはしかし、キビキビした感じが無くおっとりとした雰囲気で、ひいき目に見てもフロントやベルボーイの出来るようなイケメンではないのが少し損をしているかもとエミーは思っていた。
「そうだな、僕も日本に行こうかな。エミーお願いだから日本語教えてよ」
「いいわよ。でも、あたしは厳しいからね」
さすがに優秀なジャックは3か月もすると発音はともかくなんとか日常会話程度には話せるようになっていた。
まだ就職先のホテルは決まっていなかったが、エミーの就職に合わせて日本にやってきた。
エミーはさっそく自分が就職することになっているホテルにジャックを泊まらせることにした。
友人だと言ったからか?なんとセミスウィートの部屋に通された。
広い上に一人で泊まるのにダブルの広さ位ありようなツインのベットが二つ、応接室コーナーもついている。
「こんな高いお部屋には友人は泊まれません」とエミーが主任に囁くと、
「彼、経営者なんだろ?階下の部屋では失礼になるんじゃないのかい?いいよ値段は気にしなくて」と小声で言われてエミーははっと気が付いた。
ジャックのことを「ね、プレジダン・・」「あのね、プレジダン・・・」と何度も声をかけるので、プレジダンというあだ名を・・・さすがにプレジダン=「大統領」とは思わなかっただろうが、ジャックの風貌もあって「組織や団体の長」というほかの意味だろうと勘違いしたようだった。
それでも一旦お客様をお通ししたのだからと、「そのままどうぞご利用ください」との神対応で ジャックは日本のホテルサービスの素晴らしさにすっかり惚れ込んでしまい、日本が気に入ったようだった。
ジャックはいまも日本で働いている。
もっとも、フロントではなく、裏方の予約係だが。
そしてプレジダンと言うあだ名は今もついているという。
ジャック・フランソワの正式名はジャック・ニコル・フランソワーミロロといい、子供のころの大統領から現在までの歴代大統領はわずか4人、フランソワ・ミッテラン、ジャック・シラク、ニコラ・サルコジ、そしてフランソワ・オランド。
ジャックはそのすべての大統領の名前を持っているのだ。
さしずめ日本ではこの30年の間に10人以上の首相がいて、落語の「じゅげむ」程の名前持ちでなければ、「首相」と言うあだ名はつけてもらえないだろうな、とエミーは思った。