小説(三題話作品:神 とり 大統領)

未熟な酉は待つことを知る by やぐちけいこ

 
 年末も押し迫ったある日、この地域には珍しく強い風が吹いていた。
 深夜だったことも手伝い 時折の突風に窓がミシミシと音を立て壁を見えない手でたたかれているような騒がしさだった。夕方から吹き始めた強風は滅多に風では止まらない列車を止め、止まらなくとも遅れが出ている路線も多かった。
 そんな中 自分も家路に着くのはいつもより多くの労力と時間を費やしかなりの疲労を感じていた。


 玄関の鍵を開けそのままベッドに倒れこんだ途端すでに眠りに旅立った。ビュウビュウと音を立てている風の音も疲労感には勝てず気にならなかった。それでも頭のどこかで強風の音を聞いている感じが始終している。身体がふわふわとして気持よくなってきたころ夢を見た。
 小さな老人と自分は会話をしているようだ。

 「年神さま今年もたくさんの家で門松や鏡餅が飾られているようですね」
どうやら老人は年神さまで自分は酉だ。

 「そうじゃな。この時期はどこもかしこも浮かれているように感じるものじゃがのう。わたしは少々気になることがあるのだが」

 「あの、それは…。もしかして傷つきひび割れた玉の多さですか」

 「もしかせんでもそれじゃ」

 あぁ、やっぱりその事で心を痛めておいでなのですね。まだまだ成長過程である玉がこちらに運ばれてくる多さにはいつも胸が痛みます。これは人の成長と同じ。小さければ小さいほど幼い玉。人の魂なのだから。

 年神さまが手のひらをそっと胸元で広げるとどこからか黒い玉が現れた。よく見るとそこかしこが小さなひび割れた状態で力を入れて持ってしまえばばらばらに砕け散りそうな頼りない玉だった。

 「人の子の年で13くらいだな。辛いことがあって傷だらけじゃ。人とは脆いものだ。しかししたたかな部分も持っておる。一時的に傷ついても修復させる力もあるのだが。この子にはそれが弱かったようだ。これと同じ玉がここにはいくつもあるのが悲しいことだと思わぬか」

 確かに本来ならこの子は大人に成長し夢を叶えていたかもしれない。

 「この子の夢はなんだったのでしょうか」

 「それを知ってどうする?この子は最大級の親不孝をした子ぞ。叶えられるものもすでに叶えられぬ」

 「わたしが知っても何もできません。でも知りたいと思います。せめてもの供養の代わりに誰かがこの子の夢を知っていても良いかもしれないと思うのです。人としての生を大人になり切らない前に終わらせてしまうほど辛いことがあったこの子達にだって夢があったかもしれません」

 「そうか。傷ついたこの玉たちを羽ばたかせてやりたいか?酉としての性かのう」

 「はいっ。でも私には知ることしか出来ません。でも知らなければ先に進めません。年神さまは先ほど最大級の親不孝とおっしゃいました。きっとこの子たちも今は気づいているはずです。子どもに先立たれた親がどれほどの悲しみと絶望に立たされるのか。だからその親達に子どもが描いていた夢を知らせてあげたいと思います。おこがましいとお思いですか?」

 「それは誰のために行うのだ。子のためか親のためか?」

 その問いに酉はしばし考え込んでしまった。
 そして顔を抜けるような青い空に向け視線を年神に向けた。

 「きっと自分のためです。自分を戒めるためです。すべてを救う事が出来ないことを知り、自分が万能ではないことを自分自身に刻むためです。私はそのことを常に頭に置いてもうすぐ来る自分の年を見守りたいと思います」

 「では一つだけ選ぶことを許そう。この中から一つだけ届けることを許そう」
そう言って年神が両手を胸の前に広げるとたくさんの傷ついた玉が現れそれを宙に浮かせた。

 「触れるとその玉の思いが分かる」それだけを言い残し年神は消えてしまった。

 一人静かな部屋に音もなく浮いている玉の一つに触れようとすると怯えるように避けられてしまう。違う玉に触れようとするとやっぱり避けられてしまう。何度も同じことを繰り返す。これでは選ぶことができない。


 そんな姿を知ってか知らずか年神は鼻歌を歌ってご機嫌である。年神を呼び止める声がかかった。
 「年神さま、こちらでお茶でもいかがですか?美味しいおしるこもありますよ。それにしてもご機嫌ですね」

 「おぉ、それは良い。申の仕事は終わったのか?」

 「はい、もうすっかり終わりました。すべて酉どのに引き継ぎました」

 「1年間ご苦労だった。また12年後頼むぞ」

 「はい。ありがとうございます。ところでその酉どのは何をされておいるのですか」

 年神はお茶を飲みおしるこをすすりながら満面の笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。

 「馳走になった」
それだけを言って年神は酉のいる部屋に戻ることにした。

 年神が戻ったことも気づかないくらい落ち込んだ酉がそこにいた。どうやら一つも触れることができなかたようだ。しばらく酉の様子を窺っていた年神は一度頷き声をかけた。

 「どんな様子かな」
 
 「あ、年神さま。私には触れることが出来ません。すべて避けられてしまうのです」

 「何故か分かるか?」

 「分かりません。分からないから落ち込みます」

 「それが分かれば触れることも出来よう。しっかり考えることだ。もっと経験を積み、人の心を分かろうと努力することだ。答えはそんなに難しくないからな」

 「私に分かることが出来るでしょうか」

 「そうじゃなあ。ヒントをあげよう。この子たちはかなり追い込まれた精神状態だったってことじゃな。そして逃げてしまった。辛いことから逃げるのではなく立ち向かう事も大切じゃが、この子たちの場合逃げ場が欲しかった。逃げ方を間違ってしまった結果がこれじゃ」と年神は玉の一つを指さした。

 真っ黒で傷ついた玉だった。
 言われていることは分かるが言われている意味が分からないと酉は思う。それがどうだというのだろう?酉がその玉に手を伸ばすとやっぱり避けられてしまう。
 
「そう落ち込むな。待つことじゃよ。この子たちは自分を理解してもらえる者を探しているんじゃ」
 
「待つ?理解…ですか」
 
「そう。しっかりと待ってやることじゃ。そんなことより人間界ではカードゲームで盛り上がっているようじゃ。対抗して花札でもやらんか?気分転換になるぞ。そして来年1年しっかり勤めを果たしなさい」
 
 人間界で盛り上がってるのはゲームじゃなくてそれは大統領の名前ですって。
そう思ったが口には出せない。

 「花札やりましょう」と元気な声を出し自分を励ます酉だった。

 自分で答えを見つけろと言った年神ではあったがしっかり答えも渡してしまったことに二人は気づいているのかいないのか。

 ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ 目覚まし時計の音で目が覚めた。起き上がり自分の格好を確かめる。特に身体に羽があるという異常は見られない。あぁ、そういえば自分は酉年だったなあと思い出す。

 また新しい年がやってくる。
 良い一年にするのもしないのも心がけ次第だと思いませんか?大事な命。一人で守れないと思ったら旅に出るのも良いかもしれません。
 酉年が幸せな一年でありますように。