小説

フィンランドの交錯事情  by Miruba

フィンランドにあるsavitaipaleサルタイパレという所へ旅行に行くことになった。
ヘルシンキの東北東250キロほどのところに位置する「サンタクロースの国」で有名なところだ。


友人カトリーヌの彼アンリの別荘に誘われたのだった。アンリはアフリカ系のベルギー人だ。両親は、コンゴ共和国がベルギーの植民地時代のときにベルギー本国に渡ってきたのだと言う。


もともと家柄もよかったのだろう。歴代大使館勤務で、アンリがフランスのベルギー大使館に勤めているときに、私の友人カトリーヌと知り合ったという。


今、二人はパリに住んでいて、アンリは大使館勤務のときの人脈を使い商社マンをしていた。私とはフランス語と日本語の交換授業をした仲だった。


フィンランドの冬の朝は遅く9時半過ぎにやっとオレンジ色の太陽が地平線に顔を出す。
そしてその美しい太陽は天高く上がることなく地平線を這うようにして3時半には空をパステルカラーに染めながら、さらに碧い月をお供に見せて地平線に消えていくのだ。


そして、午後4時半には、空は真っ暗になる。




マイナス25度にもなる雪景色を眺めながら快適なゲストルームでゆっくりと目を覚ます。
セントラルヒーティングは、一日中、家中を暖めていた。床は大理石なのに、床暖房によって素足でも大丈夫だ。


外に行くときは南極にでも行きそうな重装備だったが、部屋の中では常に半袖のTシャツで過ごすことができた。暖房費が無駄なようだが、自家発電があり省エネ対策をしてあると言う。


「省エネのためにも、またIT先進国を目指す北欧の国策のためにも、僕はアフリカに買い付けに行っているんだよ」と、アンリは、ちょっぴり自慢げに、少しはにかみながら興味深い話をしてくれる。なんでも希少価値鉱物を手がけていると言うことだった。
もっとも、カトリーヌは、あくびをかみ殺し、彼の話にはトンと興味をしめさなかった。


アンリは精悍な顔と体を神に与えられ俳優のような黒人なのだが、精神は徹底的にベルギー人だった。神経質で、質素で、優しく、なんでも自分でやらないと気が済まない。


食事は全て彼が作った。私たち女性には、パンを買わせるくらいしかさせてくれない。
せいぜいパンプルムース(グレープフルーツ)を、前菜用に房から実を出す仕事が与えられるくらいだった。


夕食のこれもアンリが一人で作った大変美味しいラザーニャを食べているときだった。
年に数回しかこないこの別荘のサロンの天井の色が気に入らなくなった、と言い出した。
日曜大工の店で、ペンキを買って自分で塗ると言う。


フランスに住む私たちは、自分のことは自分でやる事に慣れているから、どうと言うことはない。さすがにアンリも地下室からコンプレッサーを持ってきて、手伝ってくれないか、といった。


天井の薄い水色の壁を真っ白に塗るだけだった。吹き付ける、と言ったほうがいいだろうか。半分ほど終わった頃、電話がかかった。




アンリが電話口の相手と激しく言い合っている。
「なんだって?海賊に?くそーーっ絶対に怪しいよ。
タンタルを狙っていたに違いないさ、何で話が漏れたんだろう。大使館に掛け合おう・・・」


アンリは、長い電話が終わると、カトリーヌと私に、フランスに帰ってくれと言い出した。


コンゴから、タンタルというパソコンや携帯に使う鉱物を積んだ船が、大西洋沖で海賊に遭ったと言うのだ。


私が25年前フランスに入ったころ、アジアの海域での海賊出没ニュースを聞いて驚いたものだが、現代でも年間300件の海賊による船舶への襲撃事件は起きているのだという。
世界の海での事件である。どの海域で起こったかでどの国の海上保安や海軍が取り締まるか責任の所在が違うためにどの国もかかわらないようにしているようだ。
その為なかなか犯人グループは掴まらないと聞いた。


アンリは対策のために、次の日の朝、フィンランドを離れアフリカのコンゴに向かった。
カトリーヌと、どのような話し合いがなされたのか知らなかったが、私たちはホテルへ移動した。


フィンランドに入ってから、まだ数日しか経っておらず、自分のいない間は別荘にいないほうが良いという、アンリの意向に従ったのだ。


【ベルギー人は自分勝手だから嫌い】とカトリーヌはご立腹だ。
ただ、シンナー臭い部屋は体に悪い、と私たちを慮ったかも知れない。と思えばアンリに腹も立つまい。


私たちは、買い物をしたり、町中を歩いたり、ホテルのラウンジで観光客相手に開かれていたダンスパーティーに参加した。カトリーヌは、一日中機嫌の悪い顔をしているので、私もさすがに気分が悪く、別行動をした。【フランス人は自分勝手だからやだわ】と私は思った。


ラウンジで飲んでいると、素敵な紳士が、「一杯お付き合いくださいませんか」、
と私の前にジントニックをボーイに運ばせた。


フィンランドの夜は長く、私はその紳士と12時頃まで話をしたりダンスを楽しんで、さよならをした。


次の日の朝、レストランで機嫌のいいカトリーヌと朝食をともにした。


「ね、聞いて。私恋人が出来たわ」カトリーヌの言葉に私は驚いた。朝帰りしたらしい。


「アンリはどうするの?」


「あんな勝手な男、別れるわ。いつも仕事仕事って、日本人みたいなんだもの」


<例え>にむっとしたが、ま、あたらずとも遠からじだ。


その新しい恋人と、今日会う約束をしていると言う。
「3時から少しだけ時間があるから、バックを買ってくれるっていうの。アンリはけちだったから嬉しいわ」


手放しの喜びように、言いはぐったが、私も昨日の紳士と、夜ナイトクラブに行くことになっていた。トランペットの生演奏があるのだという。


「え?あなたも待ち合わせ?どこで?」
「なんでも、ホテルの前の広場にベンツを停めるからって言っていたわ」と、私は答えた。


「ふうん、ベンツって何処の車かしら。ドイツ?あったっけ?」


フランス人なのに隣の国の有名車ベンツを知らないなんて、珍しいわねと私は思った。


「で、カトリーヌはどうするの?」
「うん、デパートの前のカフェで待ち合わせよ。メルセデスで来るって言っていたわ」


私たちは、一緒にデパートで買い物をして、彼女の新しい彼を待つことにした。


そこに現れたのは、【メルセデス・ベンツ】に乗った、昨日のジントニックの紳士だった。


今でこそ、誰もが知っているメルセデスベンツだが、フランスでは通称「メルセデス」と呼び、日本では通称「ベンツ」と言っていたために、世間知らずで車の運転をしないカトリーヌと私は、あとで大笑いすることになった。




フィンランドの紳士は確かに女性に優しかったが、もちろん今でもカトリーヌの恋人は、
融通の利かないベルギー人のアンリである。




写真:テクノフォトTAKAO  高尾清延





フィンランドの冬の景色