小説

『とある休日』byやぐちけいこ

 「近々お店を出そうと思ってるんだけど、お店の名前を一緒に考えて欲しいのよねえ」


朝もまだ早い6時にたたき起こされ自分の仕事部屋へ来いと呼び出されて来てみれば開口一番パンダ野郎はそう言った。
パンダと言っても着ぐるみを来ている訳でも顔がパンダでも無い。
今着ているTシャツがパンダの顔のアップだったりする。


「その女言葉似合わないからやめろ。眠い中わざわざ来たのに言いたかったのはそれか。それなら私はこれで失礼する」
入り口のドアの前に立っていた私はそのままUターンして帰ろうとすると背中に声がかかった。


「ちょっとちょっと。来たばっかりなのに帰らないでよ。店を出したいのは本当の事だし屋号を考えて欲しいのも本当なんだから」


半分部屋の外に出ていた身体を再び反転させてパンダ野郎の顔をまじまじと見た。


「店というのはどんな店だ?どうせくだらないものなんだろ?お前の酔狂に付き合うつもりはない。私は眠いので帰って寝る」


まだ何か言っていたように思うが思考が睡眠状態で何も理解出来なかった。
とにかく自宅へ戻りベッドへダイブし、そのまま昼過ぎまで眠った。
せっかくの休日が半分パーじゃないか。


しかし店っていったい何をする気だ?
まさか変なものじゃないだろうな。金持ちの考える事は分からん。
何故あいつと私はつきあいがあるんだっけ?
それも忘れた。
妙に女性っぽい所のあるあいつと、いつも男に間違われていた私が何となく一緒につるむようになって以来迷惑をかけられっぱなしだ。


今度は店を出すと言っているのだからすでに売る商品も店の土地も用意してあるに違いない。
ふと壁に立てかけてあるギターが目に入った。
そういえばこれもあのパンダ野郎から貰ったものだ。
私はギターを弾かないのに何故かあいつはわたしにこれを押し付けた。
仕方が無いのでそのまま壁に立てかけるだけのインテリアになったのだが、あいつはここへ遊びに来るたびにこれを弾いて楽しそうに時間を潰していた。
暇つぶしにここへ来るなと何度も言ったのだが聞き入れてもらった試しが無い。


曲が聞こえなくなった時、帰るのだろうと待ち構えていたのだが一向に帰る気配を見せない。
そのうち身体がこっくりこっくりゆらゆらと船をこぐ始末。
寝るなら帰ってから寝ろ!と追い帰した事数知れず。


どうせ今日も夕方ここへ押しかけて来るに違いない。今朝の話は途中だからな。
掃除でもするか、イヤその前にご飯を食べよう。
朝を食べそこなったのでお腹がすいた。


少々遅いお昼を済ませ部屋の掃除をし気分が一新した。


午後4時を回った頃インターフォンが鳴った。
ピンポ~ンピンポ~ンピンポンピンポンピンポン♪


「だーーっ!うるさいっ!近所迷惑だろ。1回鳴らせばまだ耳は達者だから聞こえると何度も言ってるだろうが!」


玄関を開けるとまだ鳴らそうとしているパンダ野郎に怒鳴った。
「そっちの声の方が近所迷惑だよ」などと言いながらへらへらと笑っている。


「何の用?」と冷たく言い放てば「やだなあ、今朝の話の続きに決まってるでしょ?入るよ~」
そこは勝手知ったる人の家。勝手にあがり込み定位置である二人掛けのソファーのど真ん中に座る。


仕方が無いのでコーヒーを入れた。
これを飲ませてさっさと帰って貰おう。


カップにコーヒーを入れてパンダ野郎の前に置く。
「ありがとう。あれからずっと店の名前を考えてたんだけど良いのが浮かんだんだ。聞いてくれる?」
「聞く。聞くからそれを飲んだらさっさと帰ってくれ」
「もう、冷たいなあ。まいいや。店の名前は印象深い方が覚えて貰えると思って考えたんだ」
「だろうな。店で何を売るかにもよると思うが何を売るんだ?」
「まだ、決めてない。決まったのは店の名前だけ」
「は?何をバカな事を。で、店の名前は何だ?」
「うん。『中々良い物を扱っていそうだな共和国』」
「何だって?」
「だから、中々良い物を扱ってそうだな共和国って名前にしたの。略して中国!!」
そこには満面の笑顔のパンダ野郎がいた。
「……。帰れ。帰って顔洗ってもう一度出直してこい」


パンダ野郎を追い出しドアに向かってクッションの投げつけた。
真面目に話を聞こうと思ったのがそもそも間違いだった。


そんなこんなでせっかくの休日を完全に潰してしまったのだった。