小説

ラ・ボエーム 20からの恋   by Miruba

「友人の別荘に誘われて、私はひとり、ヘルシンキの空港に降り立った。仕事に追われていた私は、久しぶりの休暇だった。そして、7年付き合った恋人と別れたばかりの傷心旅行というやつだった。




そこから2時間。先に着いていた友人が迎えに来てくれた。そのまま町中に出る。二度目の滞在だった。


フィンランドのこのあたりは湖が沢山あり、ロシアの国境にもすぐ近く、その言語のニュアンスは、何とも例えようが無い。イタリアやスペイン語などに感じる同じラテン語からのルーツは感じられなかった。大抵は英語が通じるので困らなかったが、挨拶さえ私にとっては特殊だった。
だが土地の人たちはひと懐こく、笑顔で異邦人にもやさしい。


4時ごろティータイムをする。フィンランドのパンはどれも香料付きで甘い。
カフェでは、ロシア語ともドイツ語ともいえない、フィンランドの言葉が聞こえたが、BGMの音楽はシャンソンが流れていた。フランス人の観光客が多いのだという。シャルル・アズナブールの「ラ・ボエーム」がかかった。大好きな歌だ。




_♪夢、夢、つまり、私たちは20だった♪_と謳うアズナブールの切ない声。


失恋を歌わせると右に出るものはいないというアズナブールは、アルメニア人だ。アゼルバイジャンとロシアにはさまれたグルジアから来た父親と、アルメニア系トルコ人の母親がアメリカに亡命しようとして一時寄ったパリで出会ったのだという。
後に旧ソ連から独立したアゼルバイジャンに住むアルメニア人を救うとして、運動していたと聞くが、その優しい歌声からは想像もできない熱い情熱を秘めた歌手なのだ。


イヴ・モンタンもイタリア難民だったし、ジョルジュムスタキもギリシャ系ユダヤ人だ。隣接する国から国境を越えフランスで自由を求めた彼らの歌は、いつの世も人の心をうつ。


友人と私は、コーヒーが冷めるのも気づかず、フランスのシャンソンに聞きほれていた。


郊外の彼の家に行くまで、あちこちの景色を楽しんだ。
いくつもある湖はどこも氷に覆われている。その厚さは60センチにもなるという。湖の周りを白樺が延々と植わっている美しい森の景色が、まさに北欧らしいといえるだろうか。
その植林の美は、日本の北海道の景色に似ていた。




フィンランドの別荘地はひたすら静かだった。


夜はさすがに人恋しくなる。
別れた恋人を思った。
もう、本当にだめなのだろうか。
20のときから7年間付き合ってきた。どちらが悪いと言うことも無かったと思いたいが、あるいはどちらも悪かったのかと思う。ただ、付き合いが長すぎたのだ。


私は、ipodにいれていた、アズナブールの曲を聴いた。
♪ラ、ボエーム、 ラ・ボエーム サヴレディール、オンネトウー♪




「元気出せよ」友人がそっと後ろから肩を抱いてくれた。
優しい親友だ。男として恋心がわかないのは残念だったが、お互い大切な友人の一人だ。


「インターネットで遊べば」、とパソコンを貸してくれた。
ベルギー人である彼は、母国語がフランス語なので、いつもネットでニュースを聞くのだという。


北欧はIT先進国を目指しているので、パソコンの普及率は高い。友人も、PCは子供の頃から親しんでいて、今ではマザーから自分で作ると言う。
「すごいじゃない!」と褒めると、額に垂れる髪をかき上げて、「何度も失敗しているさ」と笑った。
「一度など、電解コンデンサが爆発したこともあるんだ、中国の劣悪品が混じっていたんだね。
最近はいろいろな種類があるから、気をつけているよ。」


メールの送受信くらいにしか使っていないパソコンのハードの話は難解だったが、こんな遠くの国にいても、寂しさに泣きたくなる私をネットが癒してくれることは間違いなかった。


別れた恋人の遊ぶサイトを覗いたが、コメントを入れたくなるのをぐっと堪える。いつまでも、忘れられない自分が歯がゆい。




つぎの日は、友人の離婚した前の奥さんと彼女の新しいパートナーが子供をつれてきていた。
離婚した後も、子供を交替で世話をするのだと言う。時々は食事をともにするという。このようなあっさりとしたところが、ヨーロッパ人の良さなのかも知れない。




湖のそばに観光客相手なのだろう、いけすで鱒を釣ってその場で燻製にしてくれるというサービスを楽しんだ。友人の子供を楽しませるためにみんなで釣りをした。それほど安くもないが味は格別だ。


フィンランドの夜は長い。子供は早く寝せる。
友人の元奥さんは、綺麗な人で。新しいパートナーとうまくいっているようだ。
友人は、嫌な顔をするでもなく、彼らのために料理を作っている。
夕飯は9時半ごろ始まり終わるのは11時過ぎ。
いやはや、内臓がびっくりしてしまう。


じっくり煮込んだポトフのスープを使って、前菜用に、スープスパゲッティを友人が作った。
そこに、昼間買ってきたますの燻製をお醤油をかけて再度焼き上げ、スープスパの横に乗せた。
日本で商売している友人は、日本料理もお得意なので、醤油やごま油などいつも利用している。




彼の作ったスープスバゲッティーを食べていたら、突然涙が溢れてきた。
別れた彼が好きだった、とんこつラーメンの味によく似ていたからだった。


フィンランドの夜は、音も無く過ぎ、テーブルを同じくする私たちは、それぞれの思いを心に秘めて、ワイングラスを合わせた。


写真:テクノフォトTAKAO 高尾清延