小説

リクの観た夢 by  響 次郎

ある処に、天使達が居りました。
天使の一人は、QPCに所属し、いわゆる恋のキューピッドの仕事をしていて、
仲が良くなりそうな人々を結びつけるという役目でした。
名前をカイと言いました。
人間で例えると17歳の青年です。。


そこに、定期的に、連絡の手紙を届けていた天使が居ました。
人間で言えば、19歳の女性。名前はリクと言いました。
彼女は、カイにも度々会ってはいましたが、すれ違う程度であり、
親しく話をする事は、ありませんでした。


これから書く物語、それは、そんなカイとリクが親しくなる、キッカケとなるお話です。


いつもの様に、リクが手紙を届けに、QPCの事務所に向かう時のこと。
差出人をチェックすると、『ブラックムーン』という、見慣れない文字が目に入りました。
仕事の規律では、何があっても、中身を見てはいけない事になっています。
なんだか良く判りませんが、とにかくリクは、嫌な予感がしました。


届けるまで、何度も表裏にひっくり返して、その「正体」を見定めようとします。
が、とうとう。どうする事も出来ないまま、事務所に着きました。


「あ。いつもと違って、ちょっと遅かったね。リクちゃん」
カイは、出入口に置かれた、ふかふかの雲マットを清掃しているところでした。
普段なら『こ~んにちわぁ♪』などと、リクから陽気な挨拶が返ってくる頃です。
しかし、今日は、浮かない様子でした。


「……ん?どうしたの」
『え? あ、いや。その、配達です』
「うん、分かってる。けど?」
『けど??』
「ん。郵便が曲がってるね(笑)」
リクの配達物は、ビシッとキッチリとしてるのが常でした。
そこに、彼も気づいたようです。


「んん、どうしたのかな。何か、悩み? 分かった、恋でしょw」
『えっとね。そうじゃないの……』
リクの視線は郵便物に落ちています。


「とにかく、中でこれを開けてみるか。あ、とにかく入ってよ!」
リクは、出入口から離れた、複数ある応接室の一に腰掛けて、
ほんの少しだけ疲れた足を伸ばしました。
そこの一角には、QPC総合戦略室付と書かれています。


「お待たせ。もうお昼は済ませたし、午後は特定の用事も入ってないみたいだからねー」
カイは、リクの好き(そう)な、夏色のもこもこアイスティを淹れつつ、
入道雲のメレンゲを浮かべて持ってきました。
『ありがとう』


改めて、テーブル上の宛名シールを眺めて、カイは「黒月産業」と呟きました。
『え?!』
「数日前にも、似たような郵便が届いたんだ。中身を上司と確認したけれど、
宛名と差出人、それに地図みたいなのしか確認出来なかった」
『見せて』
「いいよ。二つ並べてみようか」


ブラックムーンの方は、黒月とは異なった図形になっています。が、
合わせると、ちゃんとした地形になるようです。
ちょうどその時、カイの携帯が鳴りました。
「カイです。は、何ですって?」


「外にタクシーが用意してあるから、乗れとさ」
『何で、急に……』
「業務命令だよ。君も一緒に」




出入口から外に出ると、黄色い鳥が、第2区から飛んで来て止まりました。
「へい、お客さん。ミステリーツアーだよ☆料金かからないから安心してね」
『これって、トンビ?』
「違うよ。普通の鳥だよ。ナナシ君て言うんだ」とカイ。


ピー、ヒョロロロ☆


背中の上にて。
『そう言えば、さっきの応接室だけど?』と、リク。
「あー。QPC総合戦略室付って奴ねw」
『カイって、総合戦略室勤務だったっけ?』
「呼び捨てにしたな(ぐりぐりぐり)。そこのキューピッドSPさ」


QPCと言うのは、恋のキューピッドを管理する組織です。
任務は、人の異性同士を仲良くさせる事ですが、そこは、ランク別に分かれており、
カイは最上級のクラスSPに属していました。


「ぴー。着いたよ、お客さん。漁船の横だけど、良いよね」
2人を乗せた1羽は、雲が波のように打ち寄せる港にたどり着きました。


ふと隣を見ると、『吉他船SR』と書かれた舟が泊まっています(笑)
SRは多分、シラス号の事でしょう。


「をっ。そこを道行くお嬢さん、新鮮なシラスが揚がったよ。食べてかない?」
漁師が、かごに盛ったばかりの魚を、一行(いっこう)に見せながら、声をかけました。
ウミネコも、優雅に、にゃあにゃあ鳴いています。まるで江ノ島のようです。


周囲を眺めて見れば、広いメイン通りとは別に、細く複雑に入り組んだ坂道が、
崖とかに張り付くように、島のあいだを縫っています。


「ぴー。ちょっと長く飛んだから、ハラへったょん」
黄色いタクシーは、どっかに行ってしまいました。。


『何だか楽しそうな風景だけど。って、ナナシ君は?』
リクは、黄色い鳥を探しました。


ナナシ君は、メインから外れた坂道を、上の方に登っていくところでした。


烏賊が入ったタコ焼きをほおばる、カイを引きずりながら、
『ちょっと、何してんのよ。ナナシ君みうしなうと、帰れなくなっちゃうでしょ
(全く、使えないタクシーね!)……ほら、行くよ!』と、言いました。


カイは、紅しょうがを口元に残しながら、リク(陸)に引きずられていきます。


ナナシ君は、エスカー乗り場を乗り継いで、頂上へと向かったようでした。


そこの島には、洋路巴(ヨーロッパと読めるが、洋式とは限らない)造りの神殿が幾つか
在るほかに、頂上には通称『スカイツリー』と呼ばれる展望台がありました。
展望台一帯には、「サムソー・ナ・クッキング田」と言う名の田んぼも在り、山頂には
複雑な強い風が吹くので、良いお米が穫れるのだとか。
その米とシラスから作る丼が美味しいんだそうです。笑


カイとリクが、そんな話をしていると、
「ぴーぴぃ! 美味しいお米とシラスは何処?」
と、頂上に向かった筈のナナシ君が、もの凄いスピードで降りてきました(脚が車輪)


リクはとっさに、
『え、えっと。今、小料理屋さんで作って貰ってるから、少し待ってね』と言い、
「ぴぃー」と、ナナシ君も納得したようでした。


「(リクちゃん?)」
『(こうでも言わないと、私達、帰れなくなっちゃうから。。)』
ひそひそ。


その時、天候が急に変わって、波はいよいよ烈しくなり、
天使たちの頭の中には、低い声が響き渡りました。


お前たちは、天上界へは戻れぬぞ。我が名は……と、
誰かが言うが早いか「黒月産業!」と、カイがキョロキョロしながら言いました。


その声に、
あれは残念ながら無関係だ。多分、我が計画に感心した者が、我を真似たのであろう。
カイが「その計画とは?」と口を挟み、


……物流やインフラが、世の中に大きな力を占めているのは知っておるか?
と、魔王は言いました。
「ああ」『もちろんよ』「ぴぃ?」


魔王は鳥を無視して、それが分かるなら話が早い!
我がブラックムーングループは、天丼界と悪魔界を「物流」すなわち「宅配サービス」
を手始めに、皮切りに、支配するのだ。。
と、興奮した面持ちで(顔は見えないけど)語り始めました。


「……」『……』「……ぴー」
どうだ。壮大な話だからついて来れないだろ?


魔王の声に同調するかの様に、黒い雲はますます黒く、竜のようにうねっています。


「天丼界じゃなくて、天上界だろ」
カイが辺りの静寂を破って、隙を突きました。竜の形が崩れたような気がしました。


おぉぉお、混乱の魔法というのが(もしや)効かんのかッ!?
なぜか、弱っていく魔王。


追い討ちをかけるように、リクが、
『どうでもいいから、ストーリーを進めてよ!』
と、怒ったように言いました。


どーでもいい、が魔王には、ショックだったらしく、
脳内に響く声は、次第に弱くなって行き、


あ。そうだ! と、思い出したように叫ぶと、
「わぁ、うるせー」『びっくりした……』


元通り、かすれた声に変わっていきます。


別にフェイントではない。言い忘れた事があったのだ。
いいか。これからも、物流サービスだけは残す……。それから、
『それから?』
謎の差出人は……この、私だ……




最期の一言を振り絞り、今度こそ、脳内の声は、消えていきました。
心なしか、薄日もさして来たようです。


「普通は、悪の存在が消えると、世界が元通りに戻るんだが」
『そうね。そういや、この島の名前は、何なのかしら?』


脳内メッセージ方式が使えなくなったのか、
リクの手元の郵便物が熱くなり、クリーム色に輝きはじめました。


みんなは、少しためらいましたが、
『(恐る恐る)開けてみようかしら』とリクが力を込めると、


ぷしゅー。
開けると同時に、水蒸気が噴き出して来て、温度も下がったみたいです。
耐水性なのか、郵便物や文字は無事でした。


ぺらっ。
中身を読むと、冒頭に「イマココ平和島1-22-333」と住所が浮かんでおり、
「君たちの行動は、今後の処遇や昇進などに対し、重要なオピニオン(意見)として、
考慮されるだろうし、そうに違いない。QPC本部長」と、付け加えられていました。


末尾には、「来月1日より、ブラックムーン宅配・ロジスティックスは、ブラックムーン宅配
として、再出発致します。つきましては、企業さま向けイマココサービスを、格安にて提供
します。この機会に、是非御利用下さい」と、魔王じきじきに、宣伝を入れていた。


付録として、『1グループにつき、シラス丼1杯無料』のクーポンも同封されていた。
2人と1羽がその後、喜んで食べに行ったのは、言うまでもない。


梅雨の晴れ間の、のどかな、ひとときであった。