エッセイ

若い人に伝えたいこと•2 by 御美子

中高生の皆さんが古典の授業を好きになれないのは「千年以上も昔の人の気持ちなんて分からない」と考えるからではないでしょうか。恋愛経験が少なく感情移入が出来ないことにも原因があるかも知れません。大人になって読み返してみると、古典のテーマには恋愛が多く、しかも突っ込みどころ満載で楽しめることが分かります。ということで無理やりですが、今回は皆さんに平安時代のドンファンが主役の「伊勢物語」を紹介したいと思います。


「昔、男がいた。」で始まる125話から成る物語ですが、その中の69段「狩の使い」に注目してみましょう。一言で言えば平安時代のスキャンダルですが、どこがどうスキャンダルなのかが直ぐに分かってしまう人は、かなり恋愛経験が豊富かドラマの見過ぎです。もっと勉学に励みましょう。


昔、ある男がいました。男は都から伊勢に鷹狩りの勅使として派遣されました。伊勢には斎宮(伊勢神宮の巫女)と呼ばれる女がいて、女は親から「この勅使を丁重にもてなすように」と言われていましたので、言われたとおり一生懸命に世話をしました。すると男は二日目の夜に「今夜どうしてもお逢いしたい」と言ってきたのです。女の方も会いたくないわけではなく、かと言って立場上、人目も気になりますので、人々が寝静まった夜11時ごろに男のもとに向かいます。男が悶々として眠れずにいたところ、月光のおぼろげな光の中に、小さな女の子を先に立たせた女の姿を見つけ、喜んで自分の寝所に連れて行きます。午前2時ごろになって、女は男に何も話さず帰ってしまいます。


人々が寝静まった夜中の3時間を話もせずに何をしていたのかは、ご想像にお任せします。


君やこし 我や行きけむ おもほえず 夢かうつつか 寝てか醒めてか
(あなたがいらしたのか、私が伺ったのか、夢なのか現実なのか、寝ていたのか目覚めていたのか)


と男は大変激しく泣いて、詠みました。


かきくらす 心の闇に まどひにき 夢現とは こよひ定めよ
(悲しみに暮れる私の心は闇の中で乱れています。夢だったのか現実だったのか、今夜おいでになってはっきりしてください)


と詠んで、翌朝狩に出かけましたが、夜に女と会うことばかり考えて上の空で狩をしました。ところが伊勢の国守が主催する宴会が朝まで続き、とうとう夜明け近くなってしまいました。すると女が杯に歌を書いて差し出しました。


かち人の 渡れどぬれぬ 江にしあれば
(徒歩で渡っても濡れもしない江(浅い縁)でした)


と書いてありましたが、下の句はありませんでした。男は松明の炭で下の句を書き足しました。


またあふさかの関は超えなむ
(また国境を越えて、あなたと逢いましょう)


ということで、男は夜が明けると尾張の国へと国境を越えて行ったのでした。
その後、この二人はどうなったのでしょうか。再び逢ったと言う話は見当たりません。
102段には「ある身分の高い女が尼になって・・・この女は斎宮の宮様です。」とあり、104段には「斎宮は祭りの見物を途中で止めて、帰ってしまわれたとのことです。」ともあります。
そして105段では男が「こんな有様では、私は死んでしまいます」という歌を贈ったところ


○○は けなばけななむ 消えずとて 玉にぬくべき 人もあらじを
(○○は消えてしまいたいのなら、どうぞ勝手に消えてください。たとえ消えなかったとしても、それを玉として、糸を通そうとする人もいないでしょうから)


と言いましたので、男は非常に無礼なやつだと思いましたが、女に対する愛情は深まるのでした。


あくまでも想像ですが、伊勢で一夜を共に過ごした男が「また会いに来ます」と言ったまま何年も女に会いに来なかったことから、女が嘆き悲しんで尼になり、尼になってしまった女に男が会いたいと言ったところ「もう消えて」と冷たくあしらわれたという流れだと思うのです。女性の立場からすれば当然の仕打ちですが、男子学生の皆さんはどう思いますか。


さて、ここで三択クイズです。○○には共通の言葉が入るのですが、以下の三つのうちどれが入るでしょう。


    1、白玉   2、白露   3、白霜


解答はここには載せませんので、皆さんが「伊勢物語」から探し出してください。


さて、この「男」というは在原業平だと言われています。そして何故か全国に彼に纏わる地名が多く残っており、業平橋だけでも東京都墨田区・埼玉県春日部市・兵庫県芦屋市・斑鳩町の4つもあります。浅草通りにある業平橋に隣接する東武鉄道「とうきょうスカイツリー駅」も2012年3月12日以前は「業平橋駅」と呼ばれていました。業平という字を見かけたら「ああ、あの平安時代のプレイボーイか」と思い出してくださいね。