ダイスストーリー<第1回>

健忘症 by 夢野来人

「何に見えますか?」
私は、目の前に座っている年老いた白髪の老人に尋ねた。
「これは、ええと、ロンドン橋ですじゃ」
「ほほう。橋はわかりますが、なぜロンドンだと思うのですか」
「なんたって、今年のオリンピックの開催地はイギリスじゃからな。そう聞いたですじゃ」
なんてことだ。まるで論理性がない。妄想癖でもあるのかもしれないな。
「では、このインクのシミは何に見えますか?」
「カエルのお化けが草の葉っぱを傘にして、ビールびんを落としてしまったところじゃな」
「えっ!」
私は驚いて奇声を上げてしまった。
「いや、これは間違いなくビールびんじゃよ。ワインではなかろう」
いや、そこじゃないだろう、そこじゃ。
「何かの地図には見えませんか。たとえば、世界地図とか」
「それは無理じゃろう。世界は丸いのじゃからな。わっはっは」
とんでもないじいさんだな。まあ、いいか。もう少し続けてみよう。
「では、これは?」
これならどうだ。ここまではっきりしていれば、もはやインクのシミではない。さすがに一つのものにしか見えないだろう。
「引田天功じゃな」
「はあ?」
私は、またまたすっとんきょうな声をあげてしまった。
「引田天功が水中脱出で使った時のカギじゃ」
「脱出と言えばフーディーニじゃないですか」
「いや、これは引田天功のものじゃな。そう言っておった」
まったく、誰がそんなこと言ってたんだ。しかし、わけのわからないこだわりがあるようだなあ、このじいさん。
「じゃ、これは?」
「確か、ニモに出てきた魚さん」
おお、そういえば似ているが、ただの魚じゃダメなのかな。
「いましたねえ。そんな魚」
「じゃろ。少し思い出してきたかのう」
「すると、これは?」
「足を縛られているタコ」
すげえな、このじいさん。これは、どこから見ても電球にしか見えないだろう。
「これなんかは、一目瞭然ですよね」
「ああ、尻尾を切られたカメ」
いやいや、まいったね。よく見ると、本当だ、尻尾がない。
だんだん面白くなってきたぞ。でも、これは、さすがにあれだろう。
「これは、どうですか?」
「できそこないのイチゴ」
あっはっは、そう来たか。そうだ、そうだ。横から見れば、イチゴだな(笑)
「もしかすると、これは?」
「井戸の中のクジラ」
あー、やっぱりー。私にもそう見えたぞ。
「では、最後。これは何でしょう?」
「それは、」
「あっ、ちょっと待ってください。私が当てますからね。え~と、え~と、だんだんはっきりしてきたぞ。わかった、トランシーバー!」
「大当たり~! まさか携帯電話には見えんじゃろう」
言われて見れば、全部このじいさんの言うとおりだな。まるで、自分で答えているようだ。
ここで、今度はじいさんが質問してきた。
「これは何に見えるじゃろうか?」
「ロンドン橋でしょう。さきほど、あなたがそう言ったではありませんか」
「じゃ、これは?」
「引田天功のカギ」
「じゃ、これは?」
「ニモの魚」
「で、これが?」
「井戸の中のクジラ」
心なしか、老人の瞳が輝いたように見えた。
「おお、素晴らしい。お若い方、どうやら完璧に治ったようじゃな。おっほっほ。もう、来なくてよろしい。はい、次の方、どうぞ」
「・・・」
私は健忘症だったようだ。しかも、かなりの変わり者・・・




この作品は第1回ダイスストーリーのお題に基づいて創作されました。
9つのダイスを転がし、偶然出た9つのイラストをすべてつかって、ドリームライブラリ作家陣が作品を作り出します。