新作童話

独りぼっちの雷さま by やぐちけいこ



遠くで雷鳴が聞こえる。
村人たちは恵みの雨がやってくると大そう喜んでいる。何せここ数週間一滴も雨がふらなかったのだ。稲妻が空を走りまっ黒な雲と共に雷の音も大きくなってきた。そしてとうとう待ち望んだ大粒の雨が降ってきた。
焼けた土が雨のかおりを運んでいる。
雨だ雨だと喜んでいる地上とは裏腹に空の上では雷さまは苦しんでいた。
何故いつも自分は独りぼっちなのだろう。どうしてだれも近づいてはくれない?
こちらから話しかけても風はおびえたようにどこかへ行ってしまったし白い雲は汚いものを見るような目つきをして睨まれただけだった。
自分はどんな悪い事をしたのだろう。
寂しい寂しい。寂しすぎて時々耐えきれず地上に稲妻をおとしてしまうほど心が荒れてしまう時がある。それは何故か夏に多い。
雷さまは決して嫌われていた訳ではない。
ただ大きな身体といかつい顔をしているので周りはつい一歩下がってしまうだけだった。
風は恐れ多く感じ雷さまと対等に話す事を控えただけだし、白い雲は緊張しすぎて声が出なかっただけなのだ。
これだけはどうしようもなく結局雷さまはいつも独りぼっち。
それを見かねた神様は雷さまに話しかける。
「一人は寂しいか?でもお前が降らす雨を地上の人間達は喜んでいる。それでも寂しいか?風にしろ白い雲にしろお前を決して嫌っている訳ではないよ。感情の行き違いをしているだけだ。それでも寂しいのならこの季節だけ空に咲く大きな花を見るが良い。気も紛れるだろう」


夏真っ盛りの地上はこれから始まる夏祭りの準備に忙しい。
当日の天気を気にしながらその日を楽しみに過ごしている。
浮つきそうな気持ちを無理やり押さえながら祭り当日を迎えた。
しかしその日は夕方から生憎の曇り空。今にも泣きそうな雲まで出ている。
どうか雨を降らさないでと願う人の声が聞こえているのかいないのか。
遠くで雷鳴まで聞こえてきた。
これから花火も打ちあがる。
花火師達は多少の雨でも打ち上げる事を決めている。
どんどん雷鳴が大きくなってきた。
一発目の花火がどーんと言う音と共に打ちあがった。
空には大きな綺麗な花が咲く。
続いて2発目3発目と空に打ちあがる大輪の花。
雷さまはその花を見て最初は驚いていたけれど知らぬ間に涙を流す。
あぁ、綺麗だ。一つ一つは一瞬で消えてしまう花なのに何故そこまで綺麗に咲けるのか。
どんどん打ちあがる花火を見ていると心が何かで満たされていくのを感じていた。
いつしか空から雷雲が無くなり星が瞬いている。
雷さまは花火がすべて打ち終わるまではらはらと静かに涙を流しながらじっと見入っていた。ちょっとピンぼけでじわっと滲んで見える花だったけれど綺麗だった。
自分は独りぼっちだけどそれでも良いと思えた。
また来年この綺麗な花を見に来よう。
寂しさに負けそうな自分を励ましてくれるだろうから。
自分の涙が地上に小雨として落ちてしまった事は許してもらおう。
それ以来雷さまは夏になると花火を見るためにあちこちの村を旅するようになった。
富士山を背景に見た花火は最高だった。
これからもいろいろな花火を見たいと思う。
寂しくて空っぽになってしまった心を埋めるために。