「おい、よたろう」
「何でございましょう、だんな様」
「おめえもいつまでもバカにされてちゃいけねえな」
「でも、おいらのバカさ加減は生まれつきのものでございますから」
「そこがいけねえ。生まれつきだからとあきらめていちゃあ、何もできねえだろう。物事にはちゃんと原因ってものがあるんだよ」
「では、おいらのバカさ加減にも原因があるとおっしゃるんで」
「あたりめえよ。誰しも生まれた時は裸ん坊よ。そこからの努力が現在の自分を作ってるってことだな」
「だんな様」
「なんだい、よたろう」
「お話が長くなりそうなので、そろそろおいとましようかと」
「バカだね、おめえは。だから進歩がないんだよ。おめえもちっとは学を付けて、みんなを見返してやろうなんて思わないのかい」
「ええ、まったく」
「なんだい、欲のないやつだねえ。まあいいや。よたろうは、まだ若い。今からでも少しずつ勉強していけば」
「末は博士か大臣にでもなれますか?」
「うーん、かもしれねえじゃねえか。何事も希望を持って生きなくちゃな」
「そうですか。ポチたま思考とかいうやつですね」
「なんだい、そりゃ。ワンコやニャンコの考え方かい」
「いえ。ほら、よく言うじゃありませんか。超前向きな人のことですよ」
「そりゃ、ポジティブ思考だろう。そんなこと言ってるから、バカにされるんだよ」
「おありがとうございます。おいら生粋のバカでございまして」
「おいおい、ほめてるんじゃねえよ。変なやつだねえ。それに生粋のバカってなんだよ。混じりっ気なしの純度100%のバカってことかい。凄すぎるだろう。まあいいや、一日ひとつでいいから新しいことを覚えていこうじゃねえか。そうすりゃ一ヶ月で三十覚えるだろう」
「だんな様」
「なんだい」
「今月は31日ございますが、残りの一日はお休みしても良いということでございましょうか」
「わかっちゃいねえな、まったくおめえってやつは。一ヶ月のことを日にちで表す時は、三十日っていうんだよ」
「8月もですか?」
「そうだよ」
「2月もですか?」
「おめえ、何か勘違いしてるぞ。確かに8月は31日まであるし、2月は28日だ」
「で、うるう年は29日でございます」
「話がややこしくなってるそ。違うよ違う」
「まさか、27日なんてことは」
「減ってどうするんだよ」
「足してもダメなら引いてみな」
「何言ってんだい。おめえと話してると、話がまったく進まないな」
「じゃ、遅れを取り戻すために、車で行きましょう。こう暑くっちゃ、まったく進むこともできやしない。ひと思いにエアコンの効いたやつで、ビューンといっそ富士山まで行っちまいましょう」
「違うだろ」
「行けませんか」
「行けねえよ」
「しまった、事故か」
「おいおい」
「渋滞ですね」
「救いようのないバカさ加減だなそうじゃねえよ。えーと」
「どうしたんで、だんな様」
「おめえが変なことばかり言うんで、何話していたか忘れちまったじゃねえか」
「大丈夫です、だんな様」
「何がだい」
「一日一つずつでも新しいことを覚えていけば」
「それはこっちのセリフだろう」
「へい、では今日は何を教えてくれるんで」
「よたろう、今年、日本で世界遺産登録されたものがあるってことぐらい知ってるよな」
「もちろんですとも。たしか、太田胃酸とか正露丸とか」
「何、ラッパのマークになっちゃってるんだよ」
「あの強烈な香りは、どうも好きになれません」
「おい、よたろう。正露丸を香っちゃいけねえよ。あれは匂いを嗅ぐもんじゃねえんだ」
「ああ、良かった。キャベジンぐらいなら何とかガマンできるんですが、正露丸ともなると」
「いいんだよ、ガマンしなくても」
「でも、飲み過ぎた時には液キャベなんか最高なんですが」
「ソルマックじゃねえんかい」
「あれは仁丹臭くていけません」
「なんだか変な話になってきちまってるじゃねえか」
「じゃ、話を元に戻しまして」
「おいおい、どこまで戻すんだよ」
「5合目あたりまで」
「まったく、意味がわかんないね、よたろうは」
「何しろ純度100%」
「もう、およしよ。よたろうの話は、勢いはあるが、まるで打ち上げ花火のようなもんだな」
「夜空に広がる大輪の花ってことですか」
「いや、その瞬間を過ぎると何も残らねえ」
「煙と消えるってことですか」
「うまいこと言うじゃないか」
「所詮、おいらにはうちわがお似合い」
「なんだい、そりゃ」
「センスがないってことですよ」
おあとがよろしいようで。