新作噺

熟年夫婦  by 網焼亭田楽





毎度バカバカしいお笑いでございます。
夫婦も何年も経ちますてえと、誰しも秘密の一つや二つはお持ちになっているようでございます。
そんなだいそれたものではなくとも、旦那は休みの日を仕事だと偽って、ちょいと一日自分の好きなことをして過ごしたり、妻はってえと基本的にはやりたい放題でございまして(笑)、旦那が忙しければ忙しいほど天国でございます。
こんな妻は、旦那が定年になって毎日家にいると、えてしてうつ病になってしまう方も、最近では多いようでございます。


ここに一組の夫婦がおります。
旦那はごく普通のサラリーマン。奥方はと言えば、子どもを育てる時にはパートに出て、家計を助けておりました。
しかし、いざ子育てが終わってしまうと、何をしていいかわからない。子どものために働いて、子どもの世話して忙しく過ごしてきたのですが、そんな子どもも今では立派な社会人。去年から一人暮らしをすると出て行ってしまいました。
家に残ったのは、今では旦那と自分だけです。困るのは旦那の休日です。


「あなた、今日のご予定は?」
「いや、別にない」
これです、これです困るのは。いくら休みだからといって、朝から晩まで家の中でゴロゴロとされていては、落ち着かない、片付かない、手がかかると妻にとっては三重苦(笑)


「ねえ、あなた。となりのご主人さんなんて、休みのたびに釣りだゴルフだと楽しんでいらっしゃるそうよ。あなたも趣味をもったらいかが。仕事仕事で定年を迎えると、何をして良いかわからなくなってしまいますよ」
「定年になったら、ゆっくり旅行でもするのが俺の夢なんだ」
「あら、一人旅ですの?」
「まさか。二人で行くさ」
「誰と?」
「おまえと」
「なぜ?」
「なぜって、夫婦だろ」
「嫌よ」
「おいおい。こっちの方がなぜ? って言いたいよ」
「い~い、あなた。今はいいわよ。一日にしてもトータル1時間か2時間ぐらいしか会っていないから」
「だから、定年になったら、ゆっくり旅でもしようじゃねえかって言ってるんじゃないか」
「あなた、定年になったら、毎日どこかへ出かけてくれる?」
「そりゃ、お前の行きたいところへは、毎日でも連れてってやるさ。ウマいものも二人で食べ放題」
「それは困るわ」
「何が?」


てな具合でございまして、長年連れあって来た夫婦でも、その思いには微妙に差があるようでございます。


「だいたい、あなたとは話があわないもの」
「なに言ってんだよ。俺とお前はもう30年以上も連れ添ってきたんだ。ツーと言えばカーの仲じゃないか」
「あら、そう。じゃ、レオナルドと言えば?」
「ダ・ビンチだろ」
「デカプリオよ」
「誰だい、そりゃ」
「じゃ、去年流行った言葉は?」
「えーと、ヒントは?」
「ヒントを求める時点で失格ね。まあ、いいわ。たとえばタイミング的にここしかないというような」
「あー、わかった、わかった」
「遅いわよ」
「ゲッツ!」
「違うし~。他にも、驚いた時に使う言葉とか」
「それなら、わかるよ」
「これ知らなきゃ、日本人とは言えないわね」
「そんなの関係ねぇ~」
「あなた日本人じゃないわね」
「まさか、あなたもしや倍返しも知らないんじゃないでしょうね」
「それぐらいは知ってるさ。お祝い事のご祝儀のお返しは半返し。逆に結納など約束事を破棄する場合には、結納金などは倍返しにするのが日本の習わし」
「誰がそんな風習聞いてるのよ。あなた、滝川クリステルなんかも知らないんじゃないの?」
「知ってるさ、ニュースキャスターだろ」
「その人が、去年東京オリンピック招致で言った言葉が、有名になったじゃない」
「・・・」
「あらやだ、これも知らないの」
「まあ、そういうところも含めてだなあ」
「どういうところよ」
「いいからいいから。そんなに照れることじゃないってば」
「何言ってるのよ」
「まあ、惚れた腫れたはアバタもエクボ」
「意味わかんないわね」
「なんだかんだ言っても、お墓の中まで付いてくわなんて思ってるんだろ」
「おもってなし~」


夫婦の仲とは微妙なもの。所詮は他人とも申します。お互い思いやりの心を持ち続けたいものでございますね。
おあとがよろしいようで・・・