小説(三題話作品: くも かき氷 背後)

ワレニ追イツク グラマン ナシ by 御美子

「ママ、ご無沙汰しておりました」
「その硬い言葉遣いは、やっぱりケイさんじゃない、映画のロケ?」
「いえ、今回はCM撮影で参りました」
「もしかしてT自動車?」
「T自動車のお膝元なんですが、S自動車のなんです」
「ふーん、複雑な背後関係がありそうね。どこの会社のだっていいわ。こうやって何年か振りに再会できたんだから」
「東京も暑いですが、名古屋の暑さも半端じゃないですね」
「そうなのよ。もう融けそうなくらい。冷えたおビールで乾杯といきたいところだけど、ケイさんアルコール飲まないからジュースにでもする?」
「今夜はママのカクテルコンテスト入賞作を飲みに来ました」
「嬉しいこと言ってくれるわね。ケイさんの耳にまで入ってるなんて意外だけど」
「日本中の誰もが知ってますよ」
「日本中だなんて照れちゃうじゃない。オカマのバーテンダーっていうだけで目立っちゃうのかしら。何だか得したキ・ブ・ン」
「これなんだけど、お口に合うかしら?」
「初雪のような繊細な口解けで、今の季節にぴったりです。このカラフルな色使いはママの発案ですか?」
「『マツモトシェイブアイス』にインスパイアされたの」
「『マツモト・・・』?」
「1951年からハワイで雑貨店を営んでいた松本夫妻の発案なの」
「自分が20歳くらいの頃からですね。当時の日系人は苦労が多かったと想像しますが」
「シェイブアイスは炎天下で働く従業員に出したのが始まりらしいわ」
「それは従業員に喜ばれたことでしょう」
「今じゃ本業がこの虹色のかき氷になってるみたいよ」
「カクテル名の由来は何ですか?」
「仕上がった作品が虹色の雲みたいに美しかったからなの」
「実は、その名前に聞き覚えがあるんです」
「吉兆を現す言葉だとは知ってるけど」
「映画『光る虫』クランクイン前に読んだ資料で見かけました」
「たしかケイさんは特攻隊員の役だったわね」
「はい、自分は出撃命令が出る前に終戦になってしまうんですが、自分が乗るはずだった飛行機の名前が『彩雲』だったんです」
「私のカクテルが飛行機の名前に使われていたなんて不思議な縁ねえ」
「しかも今回CMのスポンサーF重工業の前進である中島飛行機で開発されたものだったんです」
「わざわざ寄ってくれた理由にはそれもあったのね。でも何故、中島飛行機って名前なの?」
「1917年に海軍を退役した中島元大尉が設立したからです」
「そんな名前の会社は、もう無いんじゃない?」
「敗戦後、日本は飛行機の研究と開発を禁止されGHQに12の会社に解体されたうちの1つがF重工業なんです」
「飛行機とF重工業はどうやって結びついたの?」
「CMのオファーがあった時に担当者が手土産でF重工業の古いカレンダーをくれたんです。1984年のでしたが、見て驚きました。そこには偵察機『彩雲』のイラストがあったんです」
「へえ、担当者もなかなか気が利くじゃない。特別な飛行機だったのかしら?」
「『ワレニ追イツクグラマンナシ』という打電文が有名で、当時の偵察機としては世界最速と言われていましたが戦況が怪しくなってから武器を装着させられたり敗戦で終戦となった為に活躍の機会を失い機体はアメリカで研究対象にされたそうです」
「そんな凄い飛行機の名前と同じだなんて益々嬉しいわ。ケイさん、教えてくれてりがとう」
「いえ、自分は、元来不器用ですから」
「それは作られたイメージでしょ。ケイさんのおしゃべり好きは今じゃ有名よ」
「参ったなあ。お笑いのタケとかオカがTVで喋っちゃうから」
「ご無沙汰してたんだから、今夜はとことん話を聞きたいわ」
「それじゃあ、何から話しましょうか・・・」