小説(三題話作品: ひつじ 雪 ◆流行語◆)

かすがい  by Miruba



ゆき叔母ちゃんが亡くなったのは今年初めての霙が降った日だった。
生れた朝も雪が降っていたので、名前を「ゆき」にしたのだとおじいちゃんから聞いている。


女手ひとつで育てた三人の子供達は、つまり私の従兄妹たちなのだが、それぞれ別の外国に住んでいるので、葬式を終えたのは叔母ちゃんが畑で倒れたまま亡くなってから一週間も経って子供達が帰国し、皆揃ってからだった。


十坪も無いような小さな家に一人暮らしで、猫の額ほどの畑で自分の食べる分の野菜を作り、年金を貰いながら近くのスーパーでパートとしてレジ打ちをしていたくらいだから、遺産とよべる物が無いことは、子供達も判ってはいたが、思いもよらず借金があることに驚いていた。


「この家を売ればいいだろう」末っ子がきっぱりと言う。


「浩ちゃん、生まれ育った思い出のある母さんの家を簡単に売るなんてよく言えるわね。売るなんてダメよ!ダメダメ、私が許さない」長女の房代が強い声で否定した。


「だってさ、こんな古臭い家、誰も住まないだろ。もうずいぶん帰ってきてないし、愛着なんかないよ」


十年も顔を出していない生家を感慨も懐かしさも無い様な顔で見やっている。つくづくドライな奴だ。


「そうはいっても、現金で返済するか、この家の相続を放棄でもしない限り対応策はないだろう。この田舎では大した金額では売れないだろうが、借金の返済分くらいは出るんじゃないか」長男の隆が渋い顔をした。


「だけど何も手放さなくったって・・・・それにしても、母さんったら何でこんな借金をしたのかしら?持病の治療費かな」


仏壇の引き出しにあったゆき叔母ちゃんの通帳を捲って見ていた浩二が
「お袋、振り込め詐欺かたかりにでも遭ってたんじゃないのか?あ、これかな。借金の返済のほかに、どっかに毎月何年も入金しているよ。」


葬儀後、近い親戚がお呼ばれしてその後片付けを手伝っていた私だが、思わず口を挟んだ。


「ゆき叔母ちゃんから聞いていたんだけれどね、その送金は支援団体にだと思うわ。なんでも発展途上国の子供達のなかに学校にいけない子がいてね・・・・」


「自分に借金があるのにかよ!自分の頭のハエも追えないで、よく人のこと世話する気になるよな」


私の話を遮って、浩二がまるで仕送りは私のせいだといわんばかりにこっちを睨み付けながら声を荒げた。
隆も房代も、非難の言葉こそださないものの、不満の表情が溢れている。


その時玄関のブザーが鳴った。




房代が英語で対応していて、居間に戻ったときには若い東南アジア系の女性が一緒だった。


「母さんが仕送りしていた人なんだって、サリーさんって」誰ともなしに紹介する。


女性は仏間に作られた祭壇の前に促されたが、ゆき叔母ちゃんの遺影をみたとたん泣き出した。


「お礼をたくさんいいたくて、会いに来たのに、ゆきママ!何で死んだの?」
片言の日本語だ。
ゆきママ、ゆきママ、と泣きながら遺影を胸に抱き、自分の身内が亡くなった様に嘆いている姿に、私ももらい泣きしてしまう。
従兄妹たちもさすがに目を潤ませ鼻をすすっている。




支援団体の迎えの人が来て、サリーさんは従兄妹達や私にも何度も礼をして帰っていった。
ゆき叔母ちゃんの仕送りでサリーさんのような境遇の3人の子供達が学校を卒業したという。
サリーさんは日本の企業で働けることになって、その出張がてら長年の支援のお礼をしに、ゆき叔母ちゃんに会う事になっていたようだ。
それが約束の場所にゆき叔母ちゃんが現れないので、支援団体の人に尋ねて、初めてゆき叔母ちゃんの死を知ったとのことだった。
私は葬儀の準備のあわただしいときに支援団体からの電話があり、お悔やみの電報も受け取っていたことを思い出した。








「そうはいってもな〜そのための借金かよ〜」
サリーさんの来訪で事情がいくらかわかっても、また浩二がぶちぶち言い出した。


私はゆき叔母ちゃんの気持ちを思うと腹が立ってきた。


「調べたらすぐわかることだけれど、あなた達皆のためにした借金なのよ」


「え?」三人とも私のほうを怪訝な顔で見た。


「三人とも大学に行かせることの出来るお金がどこから出たと思っているのよ! 隆兄ちゃんの分はもう終わっていると思うけれど、房代ちゃんの結婚式のときの費用や浩二君の留学費用なんか、まだ返済が残っているって言ってたわ」




「え?私が結婚したのはもう二十年も前よ、そのときの借金ですって?!・・なんてこと」


「父さんが事故で亡くなった時の保険金で賄えているとばかり・・」隆が恥ずかしそうに言う。


「そんなお金すぐになくなっちゃうわよ。それでも足りなくて一日中働いていたんじゃない」
ゆき叔母ちゃんが朝から晩まで一生懸命働いていたことを知っている私の声は、つい非難を帯びてしまう。


「サリーさんのような恵まれない人たちのための費用はパートの一部で賄えるって言ってたわ。それに確か子供達に迷惑掛けたくないって葬式用に保険にも入っているはずよ。私と同じ保険屋さんだから聞いてみたらいいわ。ゆき叔母ちゃんはね、あなた達を無理してまで学校へやったように、お金が無くて学校へ行けない子がいるのを助けたかったのだと思うのよ。それが叔母ちゃんのかすがいになっていたのかもしれないわ。あなた達は皆外国で『もう面倒も見て上げられない』って寂しそうだったもの」






「母さん、何で言ってくれなかったんだ。・・・長い間苦労かけたね」隆が新しい線香を足しながら遺影につぶやいた。


「お母さんは、きっとこの子達の手紙が楽しみだったのね。私達が葉書一本よこさないから」


先ほどサリーさんの置いていった袋の中を見ていた房代が声を詰まらせながら言った。


袋の中には、ゆき叔母ちゃんへのサリーさんはじめ子供達のお礼の手紙と写真、そして皆で作ったと言うひつじのパッチワークが縫いつけられた手作りの布製の買い物バッグが入っていた。




「お袋、心配するな、後は俺が子供達に送るよ。言っとくけど少しだけな」


浩二がゆき叔母ちゃんの遺影に向かって微笑んだ。