毎度バカバカしいよたろう話ございます。
「おい、よたろう」
「なんでごさいましょう、だんな様」
「おめえもいつまでも子どもじゃいけねえ。今日は、ひつまぶしってものを教えてやろうじゃねえか」
「それは、ありがたき幸せ。おいらのような暇人に、暇つぶしの方法を教えてくださるってんですね」
「なんだい、そりゃ」
「いえ、ですから暇のつぶし方でしょう」
「そうじゃねえよ。ひつまぶしって食べ物を教えてやろうってんだ」
「だんな様、それは食べ物なんですかい」
「ああ、そうさ。おめえの大好きなうなぎだぞ」
「ああ、だんな様。なんということを。あのヌルヌルした奴を、ああでもないこうでもないと言いながら追いかけまわして、手に取るとつるり、つかんだかと思えばまたつるり、ゆきかううなぎとつるつるりんなんてしながら暇をつぶそうって魂胆ですね」
「何言ってんだよ。食いたくねえなら、連れてってやんないよ」
「とんでもございません。おいらは三度の飯より、うな重がお好きでございます」
「また、わけのわかんないこと言ってやがる。まあ、いいから着いて来な。今日は、本格的ひつまぶしを食わせてやるから」
「ありがたき幸せ〜」
そんなこんなで、やってまいりましたのは、名古屋は熱田神宮のほど近くにございます《あつた蓬莱軒》という老舗のうなぎ屋でございます。
中に入りますてえと、靴に番号札などつけまして、人のと間違わないようにして下駄箱へ納めます。
仲居さんが、「どうそこちらへ」なんぞと二階席へ案内してくれます。
ご注文は何にいたしましょうと聞いてきたところで、だんな様は落ち着いて応えました。
「ひつまぶしを2人前お願いいたします」
「だんな様。なんでしたら、おいらはうな重の上でもよろしいんですが」
「いいから、今日はひつまぶしにしておきなさい」
「そうですかい。もしくは、長焼きって奴でも構いませんが」
「しつこいねえ。今日はひつまぶしを食わせてやるって言ってるだろ。黙って、待ってな」
「へい、だんな様。こうなりゃ、このよたろう逃げも隠れもいたしません。どうぞお好きなように、そのひつまぶしとやらを食わしておくんなさい」
「何言ってんだよ。まあ、いいや。食べて驚くなよ」
しばらくして、二人の机の上に何やらフタがされたものがやってまいりました。
「だ、だんな様。これは、もしや」
「何だい?」
「ひつじゃ、ございませんか」
「ああ、そうさ。おひつだよ」
「また、なんで?」
「なんでもかんでもないよ。こんなかに、ご飯もうなぎもたあんと入ってんだよ。ほら、フタを開けてみな」
よたろうは、おそるおそるフタを開けてみました。
「こりゃいけません、だんな様。うなぎがこんなに細く切られちまっている。それに見たところ、パリパリに焼かれているみたいです。おいらは、あぶらこってりのヌルヌルっとしたうなぎが好物なんです」
「まあ、まあ。ごたくは食べてから並べなさいよ。いいかい。食べ方を説明するから、よくお聞きよ」
「うなぎの食べ方なら、おいらにもわかります。お箸ではさんで口の中に入れる」
「おいおい、ダメよダメダメ。ひつまぶしには食べ方って物があるんだ。いいかい、私と同じようにしてごらん。まずは、おひつの中を4当分にする」
「何ですって? なぜ、そんなことをするんですかい」
「いいから、やってみな」
「へい。何だかわかりませんが、このおしゃもで、縦線引いて2当分。横線引いたら4当分」
「おっ、よたろう。うまいじゃねえか」
「何だか、楽しくなってきましたよ。次はどうするんで?」
「その4分の1を、茶碗によそう」
「ほう、それで?」
「それを食う」
「何ですか、だんな様。それじゃ、普通の食べ方と変わらないじゃないですか。それに、こんなに細く切っちゃって、しかもパリパリなんじゃないですか。こんなもの、うな重に比べれば」
「いいから、食ってみな」
「へい。それじゃ、パクリ」
「どうでい」
「、、、」
「まずいのかい」
「おいしゅうございます」
「細く切り過ぎだって?」
「食べやすうございます」
「パリパリに焼き過ぎなんだろう?」
「この香ばしいこと」
「次はだな」
「えっ、どうするんですか」
「次の4分の1を茶碗によそう」
「はいはい。毒を食わば皿までって言いますからね。何でも食べさせていただきますよ」
「大げさな奴だね。次は、そこにある薬味を乗せて食ってみな」
「へい、このアサツキと刻みのりでございますね。うなぎの上にかけてと」
「どうでい」
「だ、だんな様」
「どうした、よたろう」
「コクが出て何ともおいしゅうございます」
「そいつは良かった。その次はだな」
「まだ、あるんですかい、だんな様。美味しすぎて、おいらが狂い死んじまったら、だんな様のせいですよ」
「おいおい。じゃ、やめるか」
「とんでもない。それこそ狂い死んじゃいます」
「どちらにしても狂い死んじまうじゃねえか(笑) いいから、さらに4分の1を茶碗によそってみな」
「へいへい。今度はどうなさるおつもりなんですか」
「先ほどと同じように薬味を乗せて、さらに今度はワサビも乗せてみな」
「いや、だんな様。おいらはワサビはあまりお好きではございません。ワサビはお茶漬けの時ぐらいにしか使わないんで」
「いいから、ちょいとだけ乗せてみなよ。その上から、そのとっくりみてえなものに入っているものをかけてみな」
「えっ、だんな様。せっかくのうなぎに、そんなことしちゃうんですか」
「いいから、よたろうもやってみな」
「ああ、なんだか、もったいない。まあ、でも、だんな様の言うことですから、どうしてもっていうなら、やりますよ。ええい、これでもかあ」
よたろうは、思い切ってうなぎご飯の上に、徳利の中に入っている液体をかけました。
「どうだい」
「へい。うなぎもろともビショビショでございます。せっかくのうなぎも、これでは浮かばれません」
「いいから、食ってみな」
「へい。こんなドボドボになった、うなぎのお茶漬けみたいなもの、、、」
「とうだい?」
「これはこれは、何とも言えない美味しさ。いったい何が起こったんでしょう?」
「今かけたのは、おダシさ。ダシ汁だよ。ダシをかけたのさ」
「ああ、なんという大発明。こんなうなぎの食べ方があったなんて。で、だんな様。最後の4分の1は、どうやって食べるんですか」
「今までの3つの中で、一番気に入った食べ方で食べるんだ」
「それなら、おいらは3番目のでいただきます」
「ほう、なぜだい」
「おいらは、だんな様と違って、何事にも、まだカケダシなもので」
今日は名古屋名物ひつまぶし、その食べ方をご紹介させていただきました。
おあとがよろしいようで、、、