小説(三題話作品: 海 花びら スローモーション)

精霊流しの朝 by Miruba





もう直ぐ夜が明ける。


盆提灯や造花などで飾られた精霊船が故人の霊を乗せて街中を行き交い、「流し場」と呼ばれる終着点まで運ぶ精霊流し。


お父さんも爆竹の鳴るなか、紋付の羽織袴で少しえばったように参列していた。
悲しみを精一杯の虚勢を張って天を睨み付けるかのようで、見ていられなかった。
お母さんが亡くなった8年前はその死を受け入れられずに精霊流しの日は寝たふりをしていたけれど、秀樹を失ったお父さんは、その絶望に立ち向かっているかのようにもみえる。




先ほどまでの喧騒がうそのように静かになった海にいる。
海原を通り抜ける風は穏やかで、小さな泡を立てて浜辺に打ち寄せる波に気をつけながら、誰にも邪魔されることのない明け方を選び、私は小さな手作りの精霊船を流す。
誰かに見られたら怒られるかな。
海が汚れるからと精霊船を流すのは禁止されているから。
でも、少しの間だけ許してもらおう。


船の中には紙で折ったサーフィンと玩具のフェアレディーZをいれた。
サーフィンもフェアレディーもお気に入りだった。




そしてもうひとつ、秀樹が私へと棘にもめげずもぎ取ってくれた庭に咲いたバラの花びらもいれた。
記念に押し花にしてあったので、3ヶ月という長い時間が経っているのにまだ鮮やかなローズ色が失われていない。
私の思慕が失われないのと同じように。


何故秀樹は私を置いて旅立ったの?
ええ、わかっている。愛したものに旅立たれる人は私だけじゃない。
精霊流しに来ていた多くの人は、みんな寂寥の中にいた。


それでも、私にとっては大切な存在だった。
他の人の悲しみと比べられるわけがない。


私が涙を流すとき、いつもその涙にキスをしてくれた。
寂しい夜にはいつもそばにいてくれた。
一緒に散歩した日々。
想い出がスローモーションで動くように走馬灯となって私の心めぐった。


私は海に向かって思わず泣き叫んだ「秀樹!!」






後ろから鳴き声とともに、犬が走ってきた。砂を蹴散らし私の胸に飛び込んできたのだ。
尻尾を振りながら涙を秀樹が舐めてくれる。


「え?!!秀樹!どこに行っていたの?死んだとばかり・・」




振り返ると若い男性が立っていた。
「そのワンちゃん、ヒデキというんですか^^あはは、僕も英喜というんですよ。
なるほどそれで納得した。原っぱで見かけた煤こけた真っ黒のこの犬が僕にくっついてきて離れなかったんですよ。
母が僕を『英喜、買い物行くからいらっしゃい』と呼びかけたので自分のことだと思ったんですね。それから僕が飼っていました」


秀樹は野良犬のたまり場に行っていて火事に巻き込まれたと思われていた。
秀樹が生きていたことを知ったら、町内会長をしているために和正装で御近所のかたの精霊流しに出かけていったお父さんがどれほど喜ぶだろう。
なんといっても12年も一緒に暮らし家族同然だから。




「今日はなんだか外に出たがって、ヒデキに引っ張られて、僕英喜が散歩してもらっていました」


爽やかに笑う彼の笑顔に、私も今まで泣いていたくせに、一緒に笑った。


太陽が出始めて、残りの月が白く見えた。


Photo by Mr.Takao