新作噺(三題話作品:海 花びら スローモーション)

パントマイム  by 網焼亭田楽



「おい、よたろう」
「なんでございましょう、だんな様」
「今日はおまえにパントマイムってのを教えてやろうじゃねえか」
「そんな、だんな様。いくらあたいでもそれぐらいのことは」
「知ってるのかい」
「半分だけ」
「なんだい、その半分だけってのは」
「いえ、恥ずかしながら」
「やっぱり知らねえんじゃねえか」
「ええ、半分だけ」
「だから、なんなんだよ。その半分だけってのは」
「マイムってのが良くわかんねえ」
「なんだい、そりゃ」
「パンはわかりますが、マイムがわかんねえ。もしかして、マーガリンとかマーマレードみたいなものかと」
「何言ってんだよ。パンで区切っちゃいけないよ。パンと何とかっていうふたつのものじゃねえんだよ」
「というと、ひとつの食べ物なんですかい。サンドイッチとかホットドッグとか」
「おいおい、どんどん離れているよ」
「じゃ、ハンバーガーとかいっそピザみたいなもので?」
「おい、よたろう。一度食べ物から頭を切り替えなよ。パントマイムってのはパンの種類じゃねえんだ」
「では、まさかの麺類?」
「だから、食べ物じゃねえってんだよ。いいかい、良くお聞き」
「そうですか。食べ物じゃないんですね」
「何だよ、急にがっかりした顔して」
「だんな様がパンだのマーマレードだのなんて言うから、おいらは期待しちまいました」
「マーマレードって言ったのは、よたろうじゃねえか。まあまあ、そんなにがっかりしなくても、パントマイムってのは面白いもんなんだよ」
「えっ、美味しいものなんで!」
「違うよ、面白いものなんだよ」
「ああ、真っ白な」
「なんだい」
「わんちゃん」
「それがどうした」
「尾も白い」
「くたらねえこと言ってんじゃねえよ」
「純白な」
「なんだい」
「海がめ」
「そんな海がめいるんかい」
「尾も白い」
「だからいねえだろ」
「ホワイトな」
「もういいよ」
「ピーナッツ」
「それがどうした」
「身も白い」
「変わっちゃってるよ。ピーナッツにはシッポがねえからな」
「では、パントマイムとはこれいかに?」
「やっと聞く気になったかい。パントマイムってのは、何もないところにあたかも何かがあるように見せることなんだな」
「そう言えば」
「どうした、急に」
「冷蔵庫の中に牛乳があったかも」
「違うよ。そのあったかもじゃねえよ。まあ、ちょいと見てなよ」


だんな様はよたろうの目の前で、ぺたぺたぺたと壁があるような素振りをして見せました。


「どうだい、よたろう。私がなにやってるかわかるだろう」
「わかることはわかりますが」
「なんだい、よたろうもできるのかい」
「まあ、あたいの勝ちは間違いあ「ません」
「ほんとかい。じゃ、一緒にやってみるかい」
「恥をかくのはだんな様ですよ」
「そこまで言うなら勝負しようじゃないか」
「受けて立つ!」
「その根拠のない自信がよたろうらしいな。よし、いざ、勝負!」


だんな様は先ほどの壁があるという仕草をしています。


「おい、よたろう。お前さん、何してんだい」
「全部あたいの勝ちですね」
「違うよ違う。ジャンケンじゃないんだよ。チョキチョキ出してたって勝ちじゃないんだよ」
「でも、だんな様はパーしか出していませんでしたよ」
「そうじゃないよ。こうして、手のひらをペタペタすると、ここに壁があるように見えるだろ」
「こんなところに壁なんかありましたっけ」
「だから、ないよ。ないけどあたかも壁があるように見えるだろう」
「ああ、ああ」
「どうだい、見えてきたかい」
「あったかも」
「ないよ。壁はないけどあるように見えるだろうって言ってんだよ」
「そんなもんですか」
「そうか。よたろうには、ちょいとむずかしすぎたな。もうちょっと簡単なやつからいこう。いいかい、よたろう、よーく見な。右手を開いて、左手も開いて、こうくっつけると、何に見える?」
「手のひら」
「いや、そうじゃなくて、この手のひらが何かに見えてこないかい」
「はて?」
「花びらだよ、花びら。これが花びらに見えないようじゃ、先が思いやられるね」
「ああ、何だか見えてきましたよ。それ、チューリップの花びらじゃありませんか」
「いや、そこまで具体的に見せた覚えはないけれど」
「いやあ、なんだかわかってきましたよ。これなら、さっきのもわかるかもしれません。だんな様、先ほどのをもう一度やってはいただけませんか」
「そうかい。わかってきたんなら、やってやらないこともないけど。ほら、ぺたぺたペタペタ」
「なるほど〜、そこに壁があるんですね。あるある、幾何学模様のグレーの壁ですよねえ」
「誰もそんな模様や色まで表現しちゃいないよ」
「いやいや、これなら食べ物があたかもあるようにだってできるんじゃないですか」
「そりゃ、パントマイムなら納豆を食べる仕草だって、うどんをすする仕草だってしたい放題さ」
「だんな様。せっかくですので、ぜひともお寿司を食べるところをやってはいただけませんでしょうか」
「ああ、そんなことならお安いご用さ。それ、トロをつまんでモグモグモグと」
「いやあ、だんな様。壁なんかよりも、寿司を食べてるパントマイムの方がずっとお似合いですよ」
「そんな、口をもぐもぐしているだけじゃ、まるでよたろうの頭の中みたいなもんだな」
「どういうことですか」
「動きがスローモーションってことだよ」


おあとがよろしいようで。