Mirubaの カクテル小説 辞典

 

古い仲間 by Miruba
[OLD PAL]

「おい、雅也。今度の同窓会は俺が幹事なんだ。絶対顔を出せよ。たまにはいいだろう?」
幼馴染の克己がこの間会った時と同じことを言う。

「先生が今度米寿でさ、そのお祝いも兼ねているんだ。お前先生に世話になっただろう?」

「え?担任の先生、米寿か?若いな〜この間のウォークラリーで歩いてた。わかったよ、今度だけだぞ」
雅也は書類を片付けながら面倒臭そうに答えた。
克己は子供みたいに「やった―これで男女15人ずつでピッタリだ」と嬉しそうに帰っていった。

中学校を卒業してから50年になる。いまだに30人も集まるクラスはそうそうないだろう。
克己は同窓会やクラス会に毎年出ていたが、雅也は仕事が忙しいことを理由に一度も参加したことはなかった。


町唯一のホテルがクラス会会場だった。
少し遅れて入ったので、まずは米寿になったという先生に挨拶をし、一杯酌み交わしてから下の方の空いている席に座る。

「あら、雅也っち、珍しいね、来たんだ~飲んで飲んで」と女子たちが口々に言う。
女子と言っても、すでに60をいくつも過ぎたおばさんばかりだが、地元から出なかったりUターンしてきた同級生も結構いて、街中で度々顔を見かけて挨拶もする。

東京から5年ぶりにクラス会に参加したという学年のマドンナだった恵子も寄って来て
「雅也っち、恵子よ、覚えてる?隣座っていい?」と言った時には隣に自分の飲み物を持ってきた。
皺は年相応にあったが今でも充分綺麗だ。
雅也は照れくささを隠すように、ビールを飲み干した。

「初めて来たんで、モテモテだな」男どもが冷やかす。
中学の時の想い出話に花が咲く。

そこに隣の県で建設会社を経営する山田が既に出来上がった様子で、ビールビンを両手に持って、遠くの席からやってきた。
向こうの方でも賑やかに話していたようだったが、挨拶がてら来たのだろう。

「お、どうもくせーと思ったら、『汲み取り屋』の雅也か~。女子たち、今日は香水はいらねーぞ」
周りの空気がヒンヤリとした。


雅也は、し尿処理や浄化槽の清掃会社に勤めていた。
この地は地盤の関係で下水整備が遅れていて、市の補助があるにもかかわらず浄化槽の普及も遅々として進まず、今の時代にあってまだポットン簡易便所が多かった。

雅也は事務職なのでバキュームを扱うことはほとんど無かったが、人手の足りないときは自らバキュームカーにも乗った。
高校を出た時から入社し、定年後も再雇用でずっと務めている。

同級生たちは多くが定年で会社を辞めて、退職金で農機具を買って家庭菜園のような農業の真似事を始めたり、夫婦で海外旅行をしたりと、みんな悠々自適にみえるが、雅也は二人の娘を大学にやり、さらに嫁がせるのに借金をしたので返済が続いており、まだ数年は自分の余暇など取れないと思っている。


「匂いがさ〜体に染み込むんだってな〜え?雅也」と山田が嫌な言い方をする。

_こいつは昔からそうだ、だから嫌だったんだ_雅也はクラス会に来たことを後悔した。

近くにいた男どもが「オイ、山田やめろよ」と立ち上がりかけた時、隣に座った恵子が彼らを目で制し、言った。

「そうそう、雅也っち、汲み取り屋さんだったね。いつも本当にありがとう。私の実家はまだポットンだもの、母がいつも感謝しているわ。大変なお仕事なのに、助かるね~って」

するとほかの女子たちも、口々に
「あら、家も、雅也っちの会社が無くなったら大変よ」
「うちもよ~雅也っち、いつもお世話になりま~~す。あたしの臭い、香ばしいでしょう?」
「ヤダ~っ!」とみんなで大笑いし大騒ぎになった。

山田はいつの間にかいなくなっていた。

その後カラオケ大会になり、米寿になった先生が語ってくれた昔の先生仲間や生徒たちの暴露話に腹を抱え、賑やかに会を終えた。

帰りに克己が側に寄ってきた。
「雅也、嫌な思いしたんだってな。俺ビール注ぎ廻ってたからさ、気が付かなくてごめんよ」

「いや、いいよ、気にしていない」
雅也は気にしていたくせに、そう答えた。

幹事の克己は、みんなと二次会三次会と最後まで忙しそうだったので、雅也は一人で帰った。

雅也も恵子はじめ女子たちに誘われたが、人付き合いの下手な雅也はクラス会に参加しただけで気疲れしてしまった。
来年もクラス会に絶対参加するという約束をさせられて開放してもらった。

だが、家路の途中、港にあるテラスハウスを通った時、雅也は月を眺めながら一杯飲みたくなった。
秋も深くなり、店外テラスのテーブル椅子に座っている人はいなかったが、アルコールと騒いだ興奮の影響か火照った顔に夜風が気持ち良い。

店内からメニューをもってやってくる店主の様子が見えたので、雅也は海岸寄りの椅子に座った。
波静かな湾にかすかに潮風が漂った。月が綺麗だ。



店主かと思ったら、横の椅子に座る者があった。

「おい、雅也一人か?」

山田だった。
雅也は反射的に椅子から立ち上がろうとした。

「さっきは悪かった。許してくれ」
両手に持ってきたふたつのグラスをテーブルに置いて、山田は頭を深々と下げた。

山田の会社は付き合いのあった大手の会社が民事再生法をうけたことで、連鎖倒産をすることになったというのだ。
家族を守るために奥さんとは離婚をしたのだという。


「クラス会どころじゃなかったんだが、克己に誘われてな。くさくさしててさ、モテモテの雅也を見ていたら、焼きもちやけてな。言わなくてもいいことを・・ほんとごめん。雅也のところには俺の実家も世話になっているんだ、言えた義理じゃないよな。申し訳ない」

また頭を下げる。

「もういいよ」雅也が言うと。

「許してくれるか、良かった!仲直りの乾杯しようぜ。これタンブラーに入れてきたけれど、オールド・パルっていうカクテルなんだ」
「ああ、オールド・パルか」
「知っているのか?」
「うん、<古い仲間>っていう意味だろ?」
「そうそう、オイおまえカクテルいける口か。嬉しいな。俺の周りは日本酒か焼酎ばっかりだからさ」
山田は本当に嬉しそうに目を細めた。

雅也が「社長さんはどこも大変だな。うちの社長もいつも愚痴っているよ」と慰めると、

「そうだろう?雅也みたいな社員はほんといいよな、のんきで・・」と言ったとたん、山田は自分の口を押さえた。

「また喧嘩売る気か?」と雅也は言ったが、その山田の動作が滑稽で、笑ってしまった自分が不思議だった。


オールド・パルを口に含むと、なにか山田に対する<わだかまり>が解けていくのを感じる雅也だった。

というより、雅也自身が自分の職業への微かな<わだかまり>を持っていたのではなかったか。
クラス会に来なかった理由は、むしろ、己の自信の無さ、偏狭のせいだったのかもしれない。
雅也は自分の心情を分析するくらい心に余裕ができた気がした。

_クラス会に来て、本当に良かった_
雅也は、酔っぱらった山田を抱えて、タクシー乗り場まで、月を背に歩いて行った。
 


オールドパル [OLD PAL]

 


▶︎【ウイスキーベース】
アメリカの古典的なカクテル。「懐かしい仲間」とか「古い仲間」という意味の命名が良くてスタンダードになったと言われています。 ショートカクテルですし、ビターのほろ苦さは、男性用のカクテルといえるかもしれません。ショートカクテルとは度数が高く、量は少なめなカクテルのことをいいます。 短時間で飲むことを前提に作られていますので、氷が入っていることは殆どありません。冷たい内に飲みきるのがマナーとされています。
オールドパルは、懐かしい友を想い一人飲むのもオツですし、友と語り合って飲むのもいいでしょう。 

▶︎レシピ
ライウィスキー・・・・・20ml
ドライベルモット・・20ml
カンパリビター・20ml

ステアして(ミキシンググラスに材料を入れて静かに混ぜる)カクテルグラスに注ぐ。