Mirubaの カクテル小説 辞典

 

アンタッチャブル by Miruba
[untouchable]

長い入院生活を経て、義明は今日退院する。
2年の月日が流れていた。
年老いた父が迎えに来てくれた。
病院と自宅が飛行機に乗らないと行けない距離だったので、半年ぶりの父の姿だった。
ひとまわりも小さくなったかのような父。
髪の毛も薄く残った髪も白髪のほうが多い。
「悪かったな、おやじ。わざわざ来てくれたのか?」
ウンという返事もよく聞こえない。
「心配かけたね。もう大丈夫だから」そう言うと父は何度もうなづき、流した涙をサッと上着の袖で拭った。

義明は子供の頃から体がひ弱でヒョロヒョロとしていた。
可愛い顔をしていたので、年の離れた2人の姉が女の子の格好をさせたり人形扱いだった。
そんなこともあってだろうか、躾に事のほか厳しかった父親に「男らしくしろ」と叱咤激励され、学校では運動部に入れと強要されたり、柔道の道場に通わされたりした。
乱暴な先輩の多い運動部が嫌で仕方がなかった。
ただ、父が厳しい分、母や姉達が優しく甘やかしてくれるので、守ってくれる人はいくらでもあり、嫌なことからは逃げ出すようになっていった。

高校卒業後すぐに母からオートバイを買ってもらい、オートバイ仲間やガールフレンドと乗り回した。
厳しい父への反発もあったのかもしれない。
先輩たちに、飲めない酒を飲まされ、酔った勢いで高速道路を走行中、スピードの出しすぎが原因でカーブを回り切れず、横転の自損事故を起こした。
幸いなことにガールフレンドも義明も打撲くらいで大した怪我はなかった。
警察でこっぴどく叱られ、引き取りに来た父親にもしこたま殴られた。
警官が止めてくれなかったら、永遠と殴っていたかもしれないほどだった。

その時は大したことなかったのだが、事故から半月ほどして、徐々に倦怠感と体中に痛みが襲ってくるようになった。
事故のせいだとは言われたが、頸椎からか内臓からか原因がよくわからないまま痛みを抑える薬など大量に飲んでいて、それでも効かないのでアルコールで痛みを紛らわせた。

薬の副作用や飲酒のせいもあって肝臓と腎臓を弱らせてしまう。
腎臓病の治療で始めた食事療法を担当してくれた管理栄養士の恵子と意気投合し、彼女からの注意を守ったことですっかり良くなった。

休学の多かった大学を中退し、父の友人の会社に営業マンとして働くことになった。
恵子と早く結婚したかったのだ。

体力も戻り、仕事は順調だった。
物腰が柔らかく顔も整っていて、なお明るい義明は半年もたつと会社トップの成績を収めるようになる。2年後には係長に、さらに3年後には課長にと異例の出世だった。
ただ、営業マンはどうしても付き合いで飲むことが多い。ノンアルコール飲料のほとんどなかった時代だ。
 さらに父はアルコールが好きで強かったこともあり、普段厳しいくせに酒だけは、「飲め飲め、このくらい飲めないと男じゃない」などとけしかけて、奈良漬で酔ってしまう下戸の母ににらまれたものだ。
父にしてみれば、子供の頃反発していた息子だけに、大人になった息子と一緒に飲めることが嬉しかったのかもしれない。

 一方、恵子との付き合いは、多忙になった仕事の合間をぬってのデートの約束もしばしばキャンセルとなり、時間のズレが心のすれ違いとなった。

「なんで乱暴な飲み方をするのよ。お酒は上手に飲まなくちゃ。アルコールがかわいそう」
「営業の付き合いってのは、そんな悠長なこと言ってられないんだよ!」

仕事がらみとはいえ暴飲暴食を繰り返す義明のいい加減さが気に入らない恵子と会えば喧嘩ばかりするようになり、結婚どころか、長い春の末の別れがやってきた。

失恋のむなしさもあり、歯止めが無くなった義明は数年後のある日、吐血し、胃潰瘍と肝臓機能の低下、そしてアルコール依存症という診断を受けてしまう。

胃潰瘍もアルコール依存症もすぐに治ったかに見えたが、肝臓の回復が長引いた。治療にはほぼ一年かかった。

父と母、二人の姉とその伴侶たちと姪っ子甥っ子が総出で退院祝いをしてくれた。
義明はみんなの笑顔が嬉しかった。
皆も義明の元気な顔を見てほっとしてくれているようだった。

賑やかな祝いの席がお開きになり、姉たちと別れ、孫の面倒を見るという母と別れ、義明は父と二人、自宅への夜道を歩いた。
 父の行きつけのBARが通り道にある。
 「おやじ、今日は酒がなくて物足りなかっただろう? 一杯飲んでいけば? 俺はコーヒーでも飲むから」
「そうか? 悪いな」
そう言って、気楽な気持ちでBARの扉を開けた二人だった。
 一杯が2杯になり、映画の話をしていた父が言った。
「義明、『アンタッチャブル』という映画を知っているか? そうだ、アンタッチャブルというカクテルもあるんだぞ」

そういうと、マスターにウィスキーやリキュールを極力少なくしてジュースを多めに作ってくれと頼んでいる。
「ほら、義明、お前も病気に勝つために、長いこと我慢してきたんだ。えらかったな。薄くしてあるからこのくらい大丈夫だろう。さあ飲んでみろ」

「え? 俺はいいよ」
義明はそう拒むのだが、酔った父はしつこい。
ま、口を付けるだけならいいだろうと、一口含んでみた。
「え? ジュースみたいだね。これなら大丈夫かな」

だが、この軽い一杯が再び義明をアルコール依存症の奈落の底に突き落とすこととなった。
 たった3日で、義明はまた病院へ逆戻りをしたのである。まさに「アンタッチャブル」には触れてはいけなかったのだ。

「俺はこのまま、ダメな人間になっていくのか……」そう自問しながらの日々だった。

退院し2年ぶりに家に向かっている。
昨年母が亡くなったときは一時退院をしたが、そのまま葬儀斎場に向かい家には帰らず病院に戻った。
母を死ぬまで安心させてやれなかった自分が情けない。どれほど涙の夜を過ごしただろうか。

少し雨が降ってきて、駅前のタクシー乗り場は行列になっていた。傘をさして父と歩く。
父の行きつけのBARの横を通った。
二人でちらりと目をやる。

「義明、あの時は本当にすまなかった。私がそもそもアルコール中毒だったのかもしれん。もうあれきり私も飲んでいないよ」
と立ち止まって雨の降る中、頭を下げる父。アルコール依存の再発を起こしたのは自分だと、ずっと己を責めていたのだろう。

「おやじは別に禁酒することはないよ。上手に飲めばいいさ。俺はおふくろに似て気が弱いし、肝臓がアルコールを代謝できるようにできていないだけさ。ま、原因はそれだけじゃないんだから、おやじは気にしないでくれ」

 家に着くと、姉たちと一緒に義明の帰りを待っていたのは、恵子だった。
6年ぶりの再会だった。

優しく明るく楽しかった義明をダメにするアルコールを何とか止めたいと、依存症患者の自助グループを立ち上げたという。

「義明ちゃん、私と一緒に戦っていかない?」
笑顔が揺れて涙を流す恵子を、義明は思わず抱きしめた。


*お酒は上手に味わいたいものですね。
(ただ、アルコール依存症は気が弱い精神の問題とか肝臓の代謝とかの問題ではなく「病気」であって、節酒では再発を繰り返すため禁酒・断酒以外治る方法はないようです)
全日本断酒連盟 http://www.dansyu-renmei.or.jp/
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アンタッチャブル 【Untouchable】 
▶【ウイスキーベース】

1999年、第26回全国バーテンダー技能競技大会で創作部門1位になった小林清貴氏の作品。禁酒法時代のアメリカ・シカゴを舞台に、ギャングのボス・アルカポネと捜査チームの闘いを描いた実録映画『アンタッチャブル』に登場する男たちをイメージして作ったそうです。カシスにブルーキュラソーとそれぞれの量を増減すると色が微妙に変わります。複雑なちょっと大人っぽい味がします。。

▶レシプ
★アメリカン・ウイスキー・・20ml
★ホワイト・ラム(バカルディ)10ml
★カシス・リキュール(レニエ)10ml
★ブルー・キュラソー(ボルス)1tsp
★グレープ・フルーツ・ジュース20ml
★レモン・ピール
★ライム・ピール


シェーカーにレモン・ピールとライム・ピール以外の材料を入れ、氷を入れてシェークする。カクテル・グラスに注いだ後、レモン・ピールとライム・ピールを絞って、飾る。