Mirubaの カクテル小説 辞典

 

継 承 by Miruba
[ LOCO-GIRL ]

 忙しい合間の休日、映画を3本まとめて観て、いつものBARで疲れた目を休める。
「お飲み物、いかがいたしましょう?」バリトンの声が耳に気持ちいい。
「そうね~。ロコ・ガールにしようかな」
 さっき観たフランス映画に懐かしさがこみあげた。

     *     *     *

 プランタンやギャラリーラファイエットなど有名なデパートのある通りから少し入ったところに、老舗の時計屋さんがあった。色々なブランドの時計から、キャラクターなど子供用でお手頃な物まで取り揃えてある時計店だった。店内の片隅には修理をする小さなスペースがある。それは大きなショーウインドウの外からも見えて、東洋人の職人さんが時計や貴金属で出来た装飾品やアクセサリーなどの修理をいつもしている。携帯電話が普及していなかったので、時計の修理はまだまだ需要があった。

 職人さんはベレー帽をかぶり蝶ネクタイをして、ベージュの革のエプロンをしており、黒い腕カバーと左目にいつもしている宝石ルーペがいかにもプロといった感じだった。深爪かと思うほどしっかり切られた爪。指は意外に太く武骨に見えるが、細かい部品を器用に持って作業している姿は「なんでも直してやるよ」と言っているようで、それもまたその時計店の売りなのだろうと感じた。

「時計も買わずに、いつも電池交換ばかりでごめんなさい」と応対してくれたマダムに言うと、「高級時計を観光客が買っていくことも多いけど、その何十倍も何百倍も修理が多いのよ、彼はうちの稼ぎ頭だから」と黒スーツのマダムが職人さんのほうを見ながら言った。
 職人さんも、話が聞こえたらしく、ルーペをしたまま、笑顔をみせた。

 ある日、また電池交換に行った時だ。職人さんの横に若い女性が座っていた。ウィンドー越しに、私の存在に気が付いた職人さんが「ボンジュール」と笑顔を見せたが、隣の女性が「あっ」という顔をした。
 私も挨拶の笑顔が驚きの笑顔に変わったろうと思う。私の暮らす地区に住んでいた女性だったのだ。公園でのジョギングで、時々すれ違うようになってから、立ち話をする仲だった。

 両親が早くに離婚し、母親が彼女の4歳の時に再婚し義父と住み始めたという。ところが10歳のときに母親が病気で亡くなり、それでも義父は血の繋がらない彼女を育ててくれたと聞いている。もっとも寡黙な東洋人の義父が何を考えているのかつかめず、反抗期の彼女はさんざん暴言を吐き、煙草やドラッグ(薬物)三昧でポリスの世話になったことあるという。「私のことが嫌いなんでしょ? 施設に入れたらいいじゃない!」そんなとき、義父は悲しい顔で反論することなく口を閉ざすだけだったらしい。
 リセ(高校生)を出ると家から飛び出したが、私と知り合った頃は、煙草もドラッグもすっかりやめて、むしろ健康に気をつけ、運動し仕事にも精を出している頃だった。
「外国に勉強に行くの」と言って私の住む地区から居なくなった。
 それから7、8年は経っていただろうか。

 店内に入って時計を預けると、彼女がカウンターから出てきて久しぶりのハグをした。
「なんて奇遇なの! お元気?」と私。
「会えてうれしいわ」と彼女。目を丸くして私たちを交互に見ている職人さんの肩に手を置いて「私のパパなのよ」と紹介してくれた。
 ああ、この職人さんが例の彼女のパパだったのか……なんという奇遇! 私は職人さん親子とそれぞれに知り合いだったわけだ。

 私たちは、近くのカフェで再会の乾杯をすることにした。
「どこから戻ってきていたの?」と聞くと、「スイスよ、日本にも行ってきたわ。パパの跡を継ごうと思って、主にスイスで精密機器の勉強をしてきたの。もっともパパは、これからはデジタル時計やケータイで時間を見るようになって時計の需要は減るからって反対なのだけれどね。血の繋がっていない私を育ててくれたパパを尊敬しているのよ。今は、感謝の気持ちしかないわ。きっと私がパパの仕事を継ぐわ。ね、パパ!」
 隣に座った彼女のパパは、頬に彼女のキスを受けながらも、あらぬ方向を見て照れ臭そうにする。職人気質の何処までも不器用な東洋の男だった。
  しかし、ビールジョッキを傾けながら目を潤ませているのを確かに見た。
「良かったねパパさん、あなたの苦労が実ったね」私は心の中でつぶやいた。

      *     *     *

 今、ロコ・ガールのカクテルを口にするとき、あのパリジェンヌの彼女を思い出す。
 溌剌として、ちょっとお茶目で危うい、それでいて甘い中にピリッと引き閉まるエスプリがある。
 彼女はどうしているだろうか。
 きっとお義父さんの跡を継いで、あのお店で時計の修理をしているに違いない。


ロコガール【LOCO-GIRL】 
 

▶【リキュールベース
1997年サントリー・カクテル・コンペティション、ロング部門で最優秀賞に輝いた丸井清和氏の作品。お洒落なパリジェンヌをイメージした、とのことでデコレーションも華やかで、甘口で飲みやすく、女性に好まれます。
 
▶レシピ
★ラ・ベル サンドリン・・・・・・・・20ml
★ルジェ クレーム ド フランボワーズ・・5ml
★トリスコンク パイナップル・・・・・・20ml
★サントリー ライムジュース・・・・・・5ml
★サントリー グレナデンシロップ・・・・10ml
 
シェークして、クラッシュド・アイスを入れたワイン・グラスに注ぐ。ピンク・デンファレの花をグラスの縁に飾り、ストローを添える。