ボールルームダンス、いわゆる社交ダンスのなかに「キューバン・ルンバ」と呼ばれる踊りがある。アフリカ系移民の間から生まれたラテン音楽であり、リズム名でもあり、ダンス名でもあるのがキューバン・ルンバだ。 ダンスのキューバンはルーツで行くと元々は奴隷が足につながれた重りのついた鎖を引きずりながら踊ったことから始まった悲しい踊りという歴史があるが、足の制約から逃れた上体から体中の動き、その動きは独特で魅力的であり、明るいキューバの音楽の大ヒットによりルンバブームが起きてボックスルンバからキューバンルンバと世界中で踊られるようになった。後にダンス界が取り入れ、1955年、競技ダンスの正式種目になるのである。今や10ダンス(ワルツ・タンゴ・フォークストロット・クイックステップ・ヴィニーズワルツ・ルンバ・チャチャチャ・ジャイブ・パソドブレ・サンバ)の中でも、上体は愛の踊りとして下半身は地に着いた足運びを要求される難しい踊りの一つだ。
若い頃、ほんの少しの間だが、ダンスを教えていたことがある。今思えばとんでもない下手クソでよく恥ずかしげもなく教えていたと、思い出すだけで赤面してしまう。当時は他に仕事を持っていたこともあり、教師のディプロマをもらったばかりで、アルバイトではあった。でもアルバイトだからこそ必死だった。
生徒の中に、30過ぎほどの女性がいた。私はまだ23才になったばかりだったので、大人の雰囲気の彼女が踊るサンバやルンバのほうがはるかに色気があった。どっちが先生だかわからない。お教室を出ると、先生と生徒の関係を離れて、よく話をした。可愛がってもくれた。私がヨーロッパに修行に行きたいのだというと、彼女は「私はキューバのハバナに行きたい」という。
彼女はその10年ほど前に亡くなった革命家「チェ・ゲバラ」に心酔していた。南北アメリカの間にある赤い島と言われるキューバに是非行きたい。入国ルートはある。だが、まだ言語に不安がある。だからダンスを覚えて一緒に踊ればきっとすぐにキューバの人と、親しくなれて大好きなチェ・ゲバラの話が聞けるだろう。……というのだ。
彼女の正義は、チェ・ゲバラだった。革命家というのは本当に罪なことをすると思う。確かに言い分はあろうが、正義は決して一つではない。右には右の正義があり、左には左の正義がある……ようだ。彼女の思いこんだ眼差しは美しくさえあったが、非常に危うくもあった。
ある日警察が彼女の事を聞きに来た。大学の時、学生運動にも参加していたとのことだったが、何があったのか、教えてもくれなかったのでわからず、多くは謎のままだった。それきり彼女はお教室には来なかった。
だが、ハバナからいつかハガキが来たことがある。元気にしているとのことだった。「あなたに教えてもらった踊り、役に立っているわ」と、また赤面しそうな文面だった。彼女のハガキには幸せそうな家族との写真が写っていた。年を重ねることで、心酔は家族に移ったのだろう。
ハバナ・ビーチは葉巻の香りとよく合う。
世間に"禁煙"があふれているが、昔は煙草は嗜みの一つだった。カクテル「ハバナ・ビーチ」を傾けると、クラベスの音とともに流れるキューバン・ルンバの音楽が聞こえてきそうだ。明るくそしてちょっと切なく感じるのは、彼女のことを思い出すからかもしれない。
ハバナ・ビーチ【HAVANA-BEACH】
▶【ラム・ベース】
食前酒にぴったり。葉巻煙草で有名なキューバの首都ハバナをネーミングしたカクテルです。パイナップルがたっぷり入った、どちらかというと女性向き。南国のイメージをそのままに、暑い一日をむしろ楽しむかのようにこの一杯で時間を過ごしたいものです。
▶レシピ
★ホワイトラム・・・・・・・・・30ml
★パイナップルジュース・・・・・30ml
★シュガー・シロップ・・・・・・1tsp
以上の材料をシェイクして、カクテルグラスに注ぐ。