Mirubaの カクテル小説 辞典

 

誘う道 by Miruba
[MINT FRAPPE]

会社まで約50分徒歩通勤だ。
一時は家を出てすぐの林にイノシシが出るので、朝は車で出勤していた。
イノシシはめったなことでは襲ってはこないが、鉢合わせをして驚かせると突進して来る危険はある。
またウリボー(子供のイノシシ)を連れている母親は時に何もしなくても襲ってくるので、怖いのだ。

「音」を鳴らすと近寄ってこないと聞いたので、音の鳴るものは何があるだろうと考えていた時に、たまたま本屋の子供売り場で見つけた子供用タンバリンを買ったのだが、会社の皆に笑われてしまった。

ラジオをかけっぱなしで歩くとか、避難用の笛が良いと言われたが、朝の静まった町中を音量を高くしたラジオを持って歩くわけにはいかないし、避難用の笛を鳴らすと、人が集まって来たりして恥ずかしいかも・・・
結局山に食べ物の無い冬の間は、歩くのをやめていた。

春から初夏と季節が移り、陽が早くのぼるようになって、イノシシに遭遇することが無くなり、徒歩通勤を再開することにした。

その日は、朝方気温が急に上がったからか霧のような朝靄が立ち込めていた。
20分も歩いたころには徐々に靄は晴れて、通り道の神社の境内には陽が差してくる。

竹林を抜けると、爽やかな風がザワザワザワと笹を揺らし細い竹のぶつかり合うカチッカチッという音がした。この音でもイノシシは出てこないのだ。

30分も歩いていると、冬場は暖かくなっていいのだが、この季節ではさすがに汗ばんでくる。
私は上着を脱いで手に持ちながら、ふと、いつもと違う何かを感じた。
あら? ここはこんなだったかな?

あ、そうだ、木々が生い茂り草が伸び放題の場所だったよね。
ただ、地面に這うように「ガクアジサイ」が一株あり毎年梅雨前のころから目を楽しませてくれる場所ではある。

いつの間にか道路側の木々が数本伐採されて、以前には気がつかなかった細く少し登りの小道が見える。
草のほうほとんど刈り取っていないようなので道と呼ぶには蛇や蛭やそれこそイノシシでも出そうな細長い暗闇がずっと奥に続いている。

なんだか気になる。
私がこの通りを歩き始めてからすでに20年近くなるが、今までこの道は塞がっていたということになる。

昔は道を行き来する家人が居たのだろうか。
誰も住まなくなって、木々や蔦に覆われ、秘密の細道になっていたのか。

誰かまた住み始めるのかしら?
なんだか興味がわく。
今日は日曜日だ。
決算前なので日曜出勤をしようと出てきたが、ひとりなので出勤時間は少しくらい遅くなっても誰も文句を言う人はいない。

私は雑草をバックで避けながら、その暗い細い道を登っていった。
なだらかなのだが3分も歩くと汗が噴き出してくる。
やっと日差しの明るいところに来た。
それでもなお鬱蒼とした木々に囲まれた小さな洋館が現われた。古い建物だ。
「こんなところに家があったんだ・・・」
鎖国の時代にも外国との交流が秘かにあったというこの地に、昔は住んでいたのだろうその外国人を思った。

「おはようございます」
突然窓が開き、金髪の若い女性が顔を出し片言の日本語で挨拶した。

「あ、おはようございます。ごめんなさい。用があってきたのではないのです」
私は慌てて、言い訳を始めた。

彼女はオランダ人だった。
ご両親が亡くなって、日本人だったと言う祖母の日本の家を相続したのだという。
少し早いヴァカンスを取ってお家を見に来たのだ。すっかり気に入ったらしい。

「汗かいているじゃないですか、何か飲み物をいかが? どうぞ入って」
と誘われて、私は図々しくお宅に入り込んだ。日本語はいまいちだが英語が通じた。

まだいくつかの荷物がほどかれないまま積み上げてある。
暫くして、彼女は可愛いグラスに入った飲み物を持ってきてくれた。

朝日のかすかに差し込む窓際で、クラッシュした氷が冷たく美味しそうだ。
グリーンの飲み物が窓から見える初夏の若葉の色と混じり溶け合う。

「ミントジュースね」
そう思ったが・・・口にしてちょっと驚く、なんとアルコールが入っている。

「フランスのマントフラッペよMintFrappe、日曜日だから、いいでしょう?」
と笑顔の彼女。
フランス語ではミントのことをマントと言うのだ。

彼女自分もストローでミントフラッペを飲みながら、話し相手を探していたのか、次々と質問をしてくる。

ん~~こりゃ、仕事にならないな~と、私は彼女が添えてくれたおつまみのミントチョコをつまみながら、不法侵入をしたお詫びもあり、彼女の話し相手になる覚悟をする。

ミントのスッキリした味と木々の間を通り抜ける爽やかな風が相まって、
暗いトンネルが導いてくれた日曜日の朝は、不思議に、穏やかに過ぎていった。
  


ミントフラッペ [MINT FRAPPE]
 


▶【リキュールベース】
ミントの香りがいっぱいの春から夏へかけてお薦めのクールカクテル。
フラッペとはフランス語で「冷たくしたもの」と言う意味で氷を砕いたものにシロップを入れるときに使います。FRAPPERフラッペという動詞が「打つ」とか「叩く」とか「(耳を)つんざく」などの意味があるので氷を急いで食べたときのあのキーーンと言う感じからフラッペと言う名前が付いたようです。
 
 
▶レシピ
ペパーミント・リキュール・・・・30〜40ml
 
クラッシュした氷を詰めたフラッペグラスに、ペパーミントリキュールを注ぎます。短いストロー2本とミントの葉を飾るのが正式です。