小説(三題話作品: リゾート こい ホルモン)

モテ期 by 夢野来人

ある朝、タケルは夢を見た。

夢の中でおみくじを引いているのだ。どうやら、今週一週間の運勢を占うというもののようだ。おみくじには、こう書かれていた。

『一週間、大吉まみれ』

「おいおい、本当かよ。それにしても凄いなあ。大吉まみれって、何をやっても絶好調みたいなものなのか。そんな週は、プレイボーイなら女性を誘いまくるんだろうな。何しろ、断られることもないのだろうから」

しかし、タケルはプレイボーイではなかった。というよりも、むしろ女性に対しては奥手である。決して興味がないというわけではないのだが、自らすすんで女性を誘うことはなかった。それが、四十を越えても独身の原因である。

「それにしても、大吉まみれというのは、何だか嬉しいものだな」

その時のタケルは、それぐらいのことにしか思えなかった。
 いつものように出社をすると、いきなり女性事務員が声をかけてくる。

「タケルさん、ちょっと聞いてくださいよ。先週、友達と清涼飲料水の工場見学に行ってきたんですよ」

「そう、面白かった?」

「工場見学とか大好きなんです。製品がラインを流れる姿なんて、見ててドキドキしちゃいますよね」

清涼飲料水がコンベアで流れていく姿にドキドキするのかなあ。まあ、若い女の子はよくわからないものだ。いつもなら話はそこで終わるのだが、この日はいつもは話さないような言葉がタケルの口から飛び出した。

「へえ、工場見学好きなんだ。近くのビール工場も見学できるんだけど、真里ちゃん、ビールはあまり飲まないよねえ」

「そんなことないですよ。ただ、一人だけ運転手の人が飲めないから、なるべくそういうところへは行かないようにしてるんです」

「なるほどねえ」

今日に限って、真里ちゃんはやけに話し込んでくる。

「それと、金曜日のことなんですけど、松田さんとランチしてるところを保険屋のおばちゃんに見られちゃいまして(笑)」

「松田さんって、定年延長してる人だろう。(おいおい、還暦過ぎのおじいさんじゃないか。真里ちゃんは確か三十代。しかも、独身。相手は妻子持ち。その人と二人きりで食事をすること自体びっくりだ。しかも、それを事もあろうに保険屋のおばちゃんに見つかるとは。しかもしかも、それを私に話すとは、いったいどういうことなんだ)で、どこで食べてたの?(ああ、そんなことどうでもいいじゃないか)」

「場所がいけませんでしたよね。近くのお好み焼き屋さん(笑)」

「へえ、美味しいの?(あれっ、何の話してるんだろう)」

「もう、ホルモン入りのお好み焼きが最高に美味しいんですよ。おソースも、甘くって濃いんです」

「あっ、そうなんだ(なんでこんなに話が弾んでいるんだろう?)」

「タケルさんは工場見学お好きですか?」

「いや、ビール工場ぐらいしか行ったことがなくて」

「そこ、飲めるんですか?」

「それが、全行程75分なんだけど、工場見学が55分もあるくせに、試飲が20分しかないんだ。でも、出来立てのビールを飲ませてくれるんだよ」

「わあ、美味しそう!」

「そりゃもう、55分間も市中引き回しの刑にあった後の生ビールだからね。まずいわけがない(あっ、なんかいつもと違って饒舌になってるな)」

「行ってみたいなあ」

「ああ、そう。じゃ、今度行ってみる?(しまった。つい流れで誘っちゃったけど、真里ちゃんが行きたいのは私なんかとじゃなくって、もっと、かっこいい男性とだよなあ。つまんないこと言っちゃったな。変な空気にならないといいけど)」

「本当ですか。ぜひ連れてってください」

「じゃ、予約が必要だから、予約しておくね(えっ、まさかの展開)」

「はい、お願いしまあす。楽しみにしてますね」

「日にちが決まったら、連絡するよ(って、どうなってるんだろう。何だかデートの約束できちゃったみたいだけど)」


その日はルンルン気分で仕事もはかどり、ビールを買って家に帰ってきた。

「さてと、一人寂しくビールでも飲むとするかな。おやっ、今年の春で会社を辞めた美香さんからメールが届いている。どーしたんだろう?」

『お疲れさまです。実は、今週名古屋に行く用事がありまして』

「そうだ、確か美香さんは金沢に引越してしまったんだったな。まあ、旦那さんの転勤ということだから仕方なかったものの、ちょっと可愛くて私のお気に入りだったから、残念な気持ちになったのは確かだ。でも、所詮は人妻だし。それが、どうしたんだろう」

『水曜日に岐阜で集まりがあるんですが、夜、岐阜まで来てくだされば、ゆっくりお話できますけど』

「えっ、えっ? なになに? 水曜日ってあさってじゃないか。いや、それよりも、夜、ゆっくりお話って何だ?」

『仕事が終わってからで良ければ伺えますが、22時ぐらいになってしまいますが、それでもよろしいのでしょうか』

『では、○○ホテルでお部屋をとっておきますので、お待ちしてますね』

「えーっ、いったい何が起きてるんだ、私のまわりに。こ、こ、これが大吉まみれということなのか。確かに、大吉まみれと言っても過言ではないな。まるで、盆と正月が一緒に来たようなものだ。いや、USJと東京ディズニーリゾートが一緒に来たようなものか。まるで夢のような話だ。どうか夢なら覚めないでおくれ」

ある朝、タケルはそんな夢を見たのであった。