小説(三題話作品: リゾート こい ホルモン)

愛嬌が必要なやつ by 網焼亭田楽

毎度ばかばかしいお笑いでございます。
いつの時代にも愛嬌のあるやつなんてえのはいるものでございますが、愛嬌のあるやつってえのは、得てして俗世間のことをあまり知らないやつでございまして。
まあ、世間知らずと言えども、これがまた大きく二つに分かれるのでございます。
ひとつは、あることに熱中しすぎているため、俗世間に興味のないお方でございます。
たとえば、学者さんとか、出家したお坊さんとか、あとは、庶民のことに関心のない政治家さんとか、あっ、そりゃちょっと困りますが(笑)、まあ、どちらかと言えば愛嬌とは無縁の方たちでございます。
もうひとつはってえと、俗世間どころか、限られた空間しかしらない純粋培養されたような人でございます。
たとえば、貴族の方々とか、大金持ちのおぼっちゃまとか、あとは、よたろうみたいな人種でございます。
ね、前者の方々はいいとして、問題はよたろうみたいな人種でございます。
このような方たちにとって愛嬌というのは必要不可欠なものでございます。
もしものことですが、よたろうから愛嬌をとったら、いったいどうなるのでございましょう。

さて、そんなよたろうが、だんな様のお使いに行く途中、運悪く角から走り抜けてきた飛脚にぶつかっちまいました。

「おいおい、どこ見てんだよ。気を付けなよ。こちとら速さが売りの飛脚でい。ごめんよごめんよ、先を忙せてもらうぜ」

そう言うと、威勢の良い飛脚は走り去ろうと駆け出しました。
取り残されたのは、よたろうでございます。しかし、いつもと様子が違います。

「ちょいと、お待ちなさい、飛脚やさん。人にぶつかっておいて、捨て台詞を吐きながら去っちまおうってのは、どんな了見なんだい」

こりゃ、確かにいつものよたろうとは違います。何だかキリリとした顔つきになっています。

「なんでいなんでい、文句でもあるってのかい。いいぞいいぞ、何でも聞いてやる。こちとら、売られた喧嘩を買わないようじゃ、お天道様の下、どうどうと走ってられねえからな。さあ、どこからでもかかって、こい」
「何振り上げてんだい、お兄さん。そこには、大事な荷物がくくりつけてあるんじゃないのかい。そんなもの振り回しちゃ、飛んでっちまうじゃないか。ダメだよ、およしよ。それは投げるもんじゃないだろう。おやおや、今度はその棒を地面に叩きつけてる。それは、掘るもんでもないんだよ。かつぐもんだろう」
「んなこたあ言われなくても百も承知よ。特に、この荷物は超特急便なんだ。こんなところで穴掘ってる暇なんかあるもんか」
「なるほど、お急ぎなのはわかるが、人さまに迷惑かけちゃあいけねえな」

これはこれは、よたろうのセリフとは思えません。いったい、どうしてしまったのでしょう。

「何でもいいや。てめえなんかに関わってる暇はねえんだよ。こいつを一刻も早く、浦安へ届けなくちゃなんねえんだ」
「浦安とは、まさかあのネズミどものいる最果ての地のことか?」
「何、愛嬌のねえこと言ってんだよ。それだよ、それ。ネズミだのアヒルだの、リスだの犬だの、いーっぱいいるところだよ」
「海賊とかも?」
「おう、あたぼうよ。シーだってあるんだよ」
「海か?」
「そうよ、シーだよ、シー。夜のパレードなんか綺麗なもんだ」
「お城にプロジェクションマッピングなんか見れたりして」
「おいおい、やけに詳しいじゃねえか。こちとら、そのフィルムを届けに行く途中なんでい」
「あんなもの、どこが面白いのやら」
「ほんとにつまんねえ野郎だな。まあ、いいさ。みんなはそれが見たくって、抽選で席まで取ろうとしてるんだ。さあ、無駄話には付き合っちゃいられねえ。もう行くぜ!」

そう言うと、飛脚はくるりと身をひるがえし、去って行きました。

「あいててて」

どうやら飛脚がくるりと回った時に、担いでいた荷物がよたろうに当たったようでございます。
そこへ、いつもの若だんながやってまいりました。

「どうした、よたろう」
「へい、だんな様。頭をぶつけて急に頭が良くなったような夢を見てまして」
「ほほう、よたろうの頭が良くなったのかい?」
「でも、もう一度ぶつけて、元に戻っちゃったようでございます」
「なんだい、そりゃ。かなり怪しい話じゃないか(笑) まあ、でも、よたろうの取り柄は憎めない愛嬌の良さだ。それは、だいじにおしよ」
「へい、だんな様。ところで、おりいってご相談が」
「ああ、何でもお言いなさい」

よたろうは、いつものように愛嬌たっぷりの笑顔で言いました。

「東京ディズニーリゾートに行ってみとうございます」
「よたろうにそう言われちゃ、断れねえな。よし、次の休みにでも行くとするか」

やはり、よたろうに必要なのは、IQではなくて愛嬌のようでございます。

お後がよろしいようで…