小説(三題話作品: リゾート こい ホルモン)

洋介のワンコインボランティア by Miruba


洋介は役所を定年退職した後地元の海運会社に暫く務めてから、子会社でリゾート開発会社の倒産残務処理を手伝った。
 
この地は風光明媚で魚も美味しいことから、坂を利用したリゾート施設を造ろうと、役所の地方再生事業に、市長の昔からの知り合いだった海運会社の社長が、補助金を餌に乗せられたような形で見切り発車したもののようだった。
 
日本であればどこの地方に行っても風光明媚ではあるし、海に囲まれた日本列島どこに行っても魚は美味しい。
開発経験もない海運会社の社長にはマニュアルもアイデアも人材もおらず、また結局のところ空港があるではなし、新幹線があるわけでも、高速道路があるわけでもない片田舎のこの地に、リゾートマンションでも作ろうかという勝負師は何人もおらず、また観光客も思った程増えず、あっけなく倒産してしまったのだった。
 
取引先の罵倒やクレームを一身に受けたり、退職者の行く先を決めてあげたり、小さな会社なのに膨大な書類整理や事務処理で、精根を使い果たし、自律神経をおかしくしたのかホルモンのバランスが崩れて鬱になりかけ、洋介は仕事をやめてしまった。
 
だが、元来がじっとしていられない性分で、3ヶ月もするとシルバー人材センターに登録したり、町内会の「良かろう会」(最近は老人会とは言わないのだ)に入って、ワンコインボランティアに登録し、困っているお年寄りの相談に乗ったり、棚付けをしたり、蛍光灯を変えたりの何でも屋ボランティアをやっていた。
お年寄りの間では500円玉一個でなんでも頼めるので評判だった。
 
洋介も世間一般から見ればお年寄りになるのだが、まだ後期高齢者ではないので「良かろう会」にいると「洋介さんは若くていいね」なんて言われ、_若くはないよ_と心で苦笑いしながら、結構嬉しくなったりして、頼まれるとつい断れないでいた。
 
「洋介さん、峠の山田ばあさんが裏山の梅を採ってくれないか、って言うんだが、悪いがわしは脚立に登れんでな、行ってくれんか?」そう事務局に頼まれて出かけて行った。
 
すっかり腰の曲がったお婆さんが大きな一軒家から出てきた。
「こんにちは、ワンコインボランティアです」洋介が作業帽を取りながら挨拶すると、手を引かんばかり裏庭にある梅の木まで連れていかれた。
梅酒を作りたいので梅を落としてほしいという。
 
昨年が不作だった分、今年は実が大きくなったようで、たわわに実った梅の実を収穫し終えるのに、一日かかってしまった。
ワンコインなので通常は1、2時間の作業で出来るくらいと決められているのだが、お婆さんには関係ないようで、あれもこれもと作業が増えた。
 
それでも洋介は断り切れずに、片っ端からお婆さんの要望に応えてやった。
食事を用意すると言うのを丁重に断って、お茶は御馳走になることにした。
 
「こんな大きなお家に一人ですか?」と洋介が尋ねる。
 
「息子は都会に行っていましてね。忙しくて帰って来れんそうです。自分の家に来いとは言ってくれるけんど、この年で他所には行けんですよ」
 
よく聞く話だな、と思いながら洋介はふと、奥の部屋に積んである箱が気になった。
洋介が残務処理をしたリゾート会社の関連ホテルの名前が箱の下の方に小さく書いてあるのだ。
 
「あの箱はなんですか?」
 
「あぁ、あれは吉野さんが、買ってくれっていうからね。なんか健康にいいからとか言ってね」
 
<吉野さん>と言う人物はどうやらサプリメントを売る人間らしく、ここ数年時々「おばあちゃん、お茶ご馳走になりたいなぁ。のどが渇いちゃって」と笑顔でやってきては、健康食品を売りに来たという。
 
<地元の材料を使ったサプリメントをホテルの名前で売り出した>という書類は見たが現物は処理の時も見なかった。
どうやら倒産しそうだというので横流しにでもしたのだろうか。
 
「だけど、この間は立派なスーツを着た3人くらいの人たちと一緒にやって来てね。健康にいいとかで・・薦められてね。私はいらないと思ったんだけど、吉野さんの紹介だもんでね、断り切れずにね」
 
返事を渋っていると、試してみませんかと3人の男がお婆さんを取り囲むので、なんとなく怖くなって、購入を承諾したのだという。〆て80万円「息子にはいえないけんどね」とうなだれる。
 
洋介はよくあるあやしい手だと思った。
最近は年寄りの一人暮らしが多いこともあって、親しげにお年寄りに取り入り、何十万もするものを売りつけて行く業者が後を絶たない。
もともと人恋しいお年寄りは、話を聞いてくれる販売員に無防備になってしまうのだ。
 
しかし、山田のお婆さんが恐怖を覚え購入せざるを得なかったというのは、何も怖いことを言わなくても「恫喝」に相当するだろう。
 
洋介は、事務局に戻る前に駐在さんに寄り、経緯を話して巡回してくれるように頼み、一緒にお婆さんのところに戻り、息子さんに連絡を取った。
 
「余計なことなんですけれど、防犯カメラを取り付けたらいかがでしょうか。それを息子さんがスマホで見ることが出来るソフトがありますし。今度来たとき、対処してあげてください」
 
そういうと息子さんは電話の向こうで「すみません、ワンコインボランティアでやってもらえませんか?」
 
洋介は都会からすぐには帰ってこられないという息子が電話の向こうで何度も頭を下げている様子が見えて、ついつい断れずに、安い防犯カメラを買ってきて取り付けてやった。
玄関には大きく「防犯カメラ設置」のステッカーを貼った。
 
山田のお婆さんが言うには、それっきり怖い人は来ないという。
ただ、あの笑顔の優しかった吉野さんも来なくなって寂しいとつぶやく。
 
洋介はついつい、お茶の相手を断れなくなるのだった。
「さて、あの箱の中身は債権者のものだけれど・・・お婆さんから取り戻すわけにはいかないよなぁ」
 
梅雨明けの近づいた空を見上げて、ため息をついた。