小説(三題話作品: リゾート こい ホルモン)

とある高校の夏休み前日 by 御美子

 「起立、礼、着席」
 「日直さん、ご苦労様。あっ、私? 夏休み明けから教育実習に入る、名前は峰先生とでも呼んでちょうだい。峰不二子みたいなダイナマイトボディだ・か・ら」
「あのう、そんなことはどうでもいいんですけど、担任の吉永先生は、どうしたんですか?」
 「吉永先生は急用ができて帰宅されたわ。でも、夏休み前の注意点は聞いてるから大丈夫。心して聞きなさい」
 「はあ」
 「えっと、何からだったかしら。あっ、そうそう、まず男子。最近、タレントのGが飲むだけで細マッチョになれるサプリを勧めてるみたいけど、女子にモテたいからって夏休み中に飲んでみようなんて思っちゃだめよ。テストステロン、いわゆる男性ホルモンの分泌量がアップするとかいうトンカットアリは性欲増進剤にもなるから、特にあなた達には勧められないわね」
 「そんなもの飲みませんよ」
 「だったらいいんだけど。次は女子。ビーチやリゾートでひと夏の恋のために頑張ってビキニを着るとするでしょ。でもいざビキニを着ようと思ったら自分が貧乳だってことに気づいて、慌ててバストアップサプリを試そうなんて思っちゃだめよ。私みたいなグラマラスボディに憧れるのは分かるけど、主成分のプエラリアミリフィカっていう植物性エストロゲン、つまり女性ホルモンは飲み方を間違えると副作用があって、最近消費者センターに苦情が多いみたいだから」
 「えーっ、そんなこと考えてません」
 「さあ、どうかしらね。効果があるかどうか分からないサプリの話はこれくらいにして、化学の吉永先生から夏休みの宿題が出ているから伝えておくわ。一言で言えば『グレリン』に関するレポートを提出すること」
 「『グレリン』って何ですか」
 「成長ホルモンの一種で若返りホルモンとも呼ばれているのよ」
 「またホルモンですか。センター試験とかに出るんでしょうか」
 「センター違いだけど、国立循環器病センター研究所所長の寒川賢治先生が発見されたのよ」
 「えーっ、センター試験に出ないんだったら、受験生には無意味です」
 「甘いわね。寒川先生は地元徳島県出身で、郷土が生んだ世界的に有名な先生なんだから、つべこべ言わずにやりなさい」
 「それが大学入試と何の関係があるんですか」
 「寒川先生は人間が一生に一つ発見できればいいホルモンを40種類以上も発見されていて、ホルモン・ハンターの異名があるのよ。ルパンと同じくらいワクワクする名前じゃない? ノーベル賞の有力候補でもあるんだから、常識として覚えておいて損はないでしょ?」
 「何だか峰先生の個人的な好みのような気もしますけど」
 「新ホルモンの発見をしたら医薬品会社に特許を高く買い取ってもらえるところが私の好みと言えば好みかしら。加えて寒川先生は関西阿波踊り協会の会長もなさっているところもいいわね」
 「全然意味が分かりません」
 「あっ、時間だわ。夏休み前のホームルームは、以上。夏休み中もいい子にしてるのよ。じゃ」
 「じゃ、って先生、他に注意事項はないんですか? ちょっと待ってください、先生!」
 「・・・」
 「峰先生が・・・消えた」
 
 「みんな待たせたな。職員会議が長引いちまって。さあ、ホームルーム始めるか」
 「吉永先生、お帰りになったんじゃなかったんですか?」
 「夏休み前日におまえら置いて帰るわけないだろ。どうした、全員狐につままれたような顔して」
 「あの、少し前に峰先生が来て、ホームルームは終わったんですが」
 「冗談言うな。暑さで頭がおかしくなったか? そんな先生、この学校におらんぞ」