ショートショート(三題話作品: おぼん ライン ほし)

過去テレビ by 夢野来人


「できた! できたぞ!!」

そう言って飛び回って喜んでいるのは奇怪田博士である。博士の研究は多岐にわたる。
ミミズが雨の日にコンクリートの上に這い出て来て、晴れたのを知らず帰れなくなり、せんべいみたいにからからに干からびてしまうのを見て、これは何とかしなければミミズが浮かばれないと思い、乾いたミミズに特殊な処理を施し、美味しいミミズせんべいに仕上げる機械を発明したりする。

「これで、ミミズも浮かばれるじゃろうて」

奇怪田博士は何しろ天才である。天才に奇行はつきものなのだ。
ミミズせんべい機も、あることわざがヒントになったという。

《覆水盆に返らず》はおかしいと博士は常々思っていたのだ。しかし、博士は天才である。お盆からひっくり返ってしまった水を、タイムマシンを使ってひっくり返る前に戻そうなどという凡人的発想は浮かばない。
こぼれてしまった水を残らず吸い取る特殊吸引機と、その水を蒸溜濾過して飲用に適した水にする装置を合体させた、その名も「バキュームフィルター」なる発明は博士の代表的発明品である。

と言うわけで、博士は干からびてしまったミミズを生き返らせるなどという非科学的な方法を考えたりはしない。
博士の目指すものは空想科学小説家ではなく妄想科学者なのである。違いがよくわからないが、何しろ博士は天才なのだ。

干からびて道路にせんべいのように張り付いているミミズを不憫に思い、このミミズを何とか成仏させてあげる方法はないかと考えるのが奇怪田博士の思考法なのである。

博士は科学者であるがゆえに、こぼれた水をこぼさないようにとか、干からびたミミズを干からびないようにとか、そんな後ろ向きな考え方はしない。
起きてしまったことは仕方がない。いわばマイナスの出来事である。そのマイナスの現実を直視して、では、その起きてしまったことをプラスに変えることはできないかというのが博士の基本的な考え方なのである。

予防は失敗すると意味がなくなる。100パーセントの予防などできるわけがない。それこそ非科学的である。そんな失敗を恐れてビクビクするよりも、失敗を成功に導く方法を考える方が理にかなっていると博士は思っている。

なので、博士は避妊具などは使わない。100パーセントの避妊具など存在しないからだ。それよりも、できてしまった子を、輝く日本の星にするためにはどうすれば良いのかと考えるのである。何しろ博士は天才なので、それはそれは相当に考えるのである。
などということを事の最中に考え始めてしまうので、事は最後まで成就したことはなく、結果、博士に現在子どもはいない。

そんなプライバシーな問題はさておき、今度ばかりは博士も非科学的な発明をしようとしていた。
その名もタイムマシンである。時間を自由に飛び交い、過去や未来の人と交流するという誠に非科学的な機械ではないか。

博士によれば、未来のことはともかく、過去のことは見ることができるという。過去に行くのではなく、過去を見る装置だという。
その名も《過去テレビ》なるもので、原理は簡単だそうだ。

過去に発信された電波を電波の速度よりも早いロケットで飛んで行ってキャッチしてくるという、ただそれだけの装置だという。
過去に行けるわけでもなく、過去を見るだけの装置なのだが、そんなもので視聴率が稼げるのであろうか。
視聴率が上がらなければ、スポンサーがつかず、放送は打ち切りとなるのがテレビ業界の常である。
そこで、大事なのは初回放送の時のインパクトである。ここでがっちり視聴者およびスポンサーの心を掴まないといけない

さあ、何を持ってくるんだ、初回放送。
などと妄想を膨らませるのは、実験が成功してからのことだ。
とにもかくにも完成したのだ。

「できた! できたぞ!!」

では、さっそく実験の結果を見てみることにしよう。

『♪すみれのは〜な〜、さく〜ころ〜』

何と宝塚。背中に大きな羽根を何本も付けて、皆が横一列に並んで足を上げたり下ろしたりしている。
昔なら、こんな程度の露出は何でもなかったが、最近はミスアメリカの選考でも水着審査をなくすという異常事態だ。これでスポンサーは付くのか?

しかし、博士は天才である。でも、その前に男である。視聴率が取れるかどうかよりも、宝塚のラインダンスを見たかっただけのようだ……