新作噺(三題話作品: おぼん ライン ほし)

食べ放題の極意  by 網焼亭田楽

毎度ばかばかしいお笑いを
 
最近の食べ物屋さんてえのは、食べ放題の店が増えて来まして、ひと昔なんざぁ、食べ放題なんて思いもよりませんでした。あっても、どれだけ食べたらタダですよぐらいでございました。
 
餃子100個食べたらタダ、カレーライス1000g食べたらタダ、ラーメン大盛り3杯食べたらタダ。まあ、それぐらいの発想しか浮かばなかったのでございましょう。
 
ところが、最近はてえと、60分間食べ放題、90分間食べ放題なんていうお店がざらにございます。焼肉、しゃぶしゃぶ、ピザ、パスタ、中華料理から、洋食、和食、実にいろいろな食べ放題のお店がございます。
 
今日はそんな食べ放題のお店の上手な食べ方というのをご紹介したいと存じます。
 
「おい、よたろう」
「なんでございましょう、だんな様」
「今日はひとつ、食べ放題の店に連れてってやろうじゃねえか」
「うわぁ、ほんとですか、だんな様。まるで、だんな様の頭の後ろから後光が差しているようにお見受け致します」
「相変わらず、言葉の使い方がなっちゃいないね。まあ、いいさ。今日は言葉の使い方じゃなくて、食べ物の食べ方、それも食べ放題の食べ方ってえのを教えてやろうじゃねえか」
「ちょいと、だんな様。食べ放題に食べ方なんておありになるんですかい?」
「何、突然敬語になっちまってるんだい。あるさ、あるとも、大ありなんだよ」
「それは初耳、ロバの耳」
「おいおい、王様の耳じゃないんだから」
「食べられるのがパンの耳」
「何言ってんだよ。いいかい、よくお聞き。素人は手当たり次第食べちまうんだよ。よたろうも、そうだろ。目の前に食べ物が出てきたら、もうダボハゼみたいに食いつくだろ」
「そりゃもう、だんな様。日頃から腹一杯食べさせてもらっちゃいませんので、ご馳走が目の前に出てくれば、パクパクしちゃいますよね」
「何だよ、日頃からって。人聞きが悪いじゃねえか」
「まあまあ、だんな様。押さえて押さえて」
「何言ってんだよ。押さえなきゃならないのはよたろうの方なんだよ」
「どこをですか?」
「それを教えてやろうってんじゃねえか」
「それはありがたき幸せ~」
「ちっともありがたそうじゃねえな。まあいいや。コレから食べ放題の食べ方の極意を教えてやるから、耳の穴かっぽじって良くお聞きよ」
「へい、かっぽじるのは得意です」
「おいおい、よたろう。そりゃ、鼻だよ。かっぽじるのは耳だよ」
「それは初耳、ロバの耳~」
「それはもういいよ。いいかい、食べ放題のお店ったって全種類の料理が常時並んでいるわけじゃないんだ」
「へえ、そんなもんですか?」
「そうさ。だいたい、いつもどっさりならんでいるのは低単価のものだ。こいつを腹一杯食っちまうと、肝心のメイン料理が並んだ時に腹が膨れちまって食べれなくなっちまう」
「そいつはてえへんだ」
「何驚いてんだよ。よたろうなんか、ジャガイモが好きだから、ポテトサラダにフライドポテト、コロッケにポテトグラタンなんかあろうものなら、よろこんでお皿いっぱいに持って来ちまって、わき目もふらずに食いだすだろう」
「そんな大好物が並んじまっては、後には引けません。お皿いっぱいどころか、お盆いっぱいにして持ってきます」
「そうだろう、そうだろう。でも、そこがいけねえんだ」
「えっ、どこがです?」
「どこがってわかんねえかい。今日は何を食べに来たと思ってるんだ」
「いや、何って言われましても、まだどこへも来てやしませんけど」
「ああ、そうか。そりゃすまなかったな。今日よたろうを連れてってやるところは、洋食屋」
「おお、何という崇高な響き。洋食屋なんですね」
「そうさ。よたろう、洋食屋といって思い出すのは、どんな料理だい?」
「そうですねえ。オムライス、エビフライにハンバーグといったところでしょうか」
「まあ、そんなところだよな。ところが、ここの店の看板メニューは、違うんだよ」
「いったい、何なんで?」
「トンカツさ」
「だんな様、トンカツって洋食でしたっけ?」
「いいんだよ、いいんだよ。そんな細かいことをいちいち気にしてちゃ、大物にはなれねえぞ、よたろう」
「へい、そんなもんですか」
「とにかく、そこのトンカツは絶品なんだ」
「それは、ぜひとも食べたいもので」
「だろ。でも、どうせ食べるなら、腹ペコにしたところへ、がつーんと腹一杯にしてえよな」
「したいです、したいです。お腹ん中トンカツでいっぱいにしたいです」
「そのためには、トンカツが出てくるまでは、何にも食べちゃいけねえぞ」
「えっ、何にもですか?」
「ああ、何にもだ」
「ポテサラも、プライドポテトも、コロッケも、ポテトグラタンも?」
「そうそう。そうして、揚げたてのトンカツが出てくるのをひたすら待つ」
「結構、つらいんですね」
「ああ、そうさ。トンカツが出てくるまでは、待って待って待ち続けるんだ。それが一番美味しいトンカツの食べ方ってえもんだ」
「食べ放題の食べ方じゃなかったでしたっけ?」
「だから、そんな細かいことを気にしちゃいけねえんだよ」
「わかりました、だんな様」
「じゃ、食べ放題の極意わかったかい」
「よーく、わかりました」
「では、よたろう。極意を一言で言ってみな」
「へい。ホシがりませんカツまでは」
 
『王さま、こんな無駄な食べ方に人気があるようです』
『そうか。調査ごくろうであった。では、地球人との会談は食べ放題形式で行うことにしよう』
 
 
お後がよろしいようで…