小説(三題話作品: おぼん ライン ほし)
ソウルマスターズ by 御美子
西暦2100年、第三次世界大戦を経て地球は壊滅状態となり、人間が住める状態ではなくなった。動植物は死に絶え、生き残った人間は新たな星に移り住むことになったが、人間が人間を支配することには限界があると判断し、AIに人間を管理させることになった。新たな星の生命体は人間だけとなり、家族関係が重視された。家族構成は、3世代:祖父母・父母・子供二人というのが平均的で、4世代同居も珍しくなかった。
医療技術が全人類間で共有されると、例えば癌のワクチンは既に何世紀も前に完成していたにもかかわらず、一部の人間だけが利用でき、一般市民は高額な治療費を払わされていたことが分かった。加えて予防医療技術が革新的に進歩したため、平均寿命は更に延びたものの、不老不死とまではいかず、老衰で亡くなる人間は存在した。
亡くなった人間のベッドは、そのまま棺となって自宅から地球に向けて飛び出し、大気圏突入時に火葬され、人類共通の墓場である地球に埋葬された。生命反応が消えた家庭には、ソウルマスターと呼ばれる人間型AIが訪問することになっていた。
「トランプセンター長、E地区で20101123-02468の生命反応が消えました」
「何度言ったら分かるのじゃ、アンパンマン。わしのコードネームは『ジャムおじさん』じゃ。そろそろメンテの時期かのう」
「すみません、ジャムおじさん」
「矯正前の人格に問題があったからのう……。おっと、感傷に浸っている場合ではなかった。直ぐにE地区に移動し、20101123-02468の魂を回収してくれたまえ」
「了解しました!」
「こんにちは。ソウルセンターから来たアンパンマンです」
「いらっしゃい、アンパンマン。息子の弘です」
「まずは、ご家族の皆様、この度はご愁傷様でした。ところで、故人の最期は如何でしたか」
「はい、お陰様で父は眠るように逝きまして、棺も問題なく地球に向けて飛び出しました」
「それは何よりです。故人のお部屋を拝見出来ますか」
「こちらです。母が先立ちましたので、父専用の寝室です」
「実は、お父様の魂は、まだこちらの部屋にいらっしゃるのですが、思い当ることはありませんか」
「いいえ。ただ、父が最期に『LINEを見てくれ』と言ったのですが、何のことだか分からなくて」
「LINEですか。僕も初めて聞きました。本部に確認します」
「ジャムおじさん、E地区にいるアンパンマンです」
「何か分かったかね」
「はい、故人が最期に『LINEを見てくれ』と言ったそうなのですが、息子さんは思い当たらないと仰っています」
「LINEとな。故人の遺品にスマートフォンがあるか確認するのじゃ」
「ありました。LINEというアプリも見つかりました」
「よし、アプリを開いてみるのじゃ」
「開きましたが、解読不能です」
「LINEということは、日本文字の可能性があるのう。旧地球文字担当の食パンマンに解析を依頼するのじゃ」
「了解しました、ジャムおじさん」
「食パンマン、解析結果はどうじゃ」
「はい、ジャムおじさん。解読はできましたが、キーワードが分からず解析不能です」
「キーワードとは何じゃね」
「『お盆』という単語なのですが、英語で言うところのトレイでは意味が通じず解析できないのです」
「解読文を読み上げてくれたまえ」
「『弘、お盆前には、お母さんのところに行くよ。安心して家族仲良く暮らしておくれ』です」
「なるほど、このメッセージの内容から判断すると、センター行きじゃのう」
「食パンマンとのやり取りは聞いておったな、アンパンマン」
「はい、ジャムおじさん」
「息子さんに事情を説明して、父親の魂を回収する同意書にサインをもらいたまえ」
「はい、分かりました」
「弘さん、同意書にサインをいただけますか」
「どういうことなのでしょうか、アンパンマン。父の魂には矯正が必要なのでしょうか」
「残念ながら、そうなのです」
「母が『父と一緒の墓には入りたくない』と言っていたのと関係があるのでしょうか」
「その通りです。お母様が拒絶なさっているので、お父様の魂が行き場を失っているのです」
「父のメッセージには、それらしいことは書いてなかったようですが」
「お父様がお母様のご苦労に気づいていなかったことが判明し、矯正が確定したのです」
「それで、ソウルセンター送りに……」
「そんなに気を落とさないでください。珍しいことではありませんので」
「うちだけじゃないんですね」
「はい、かく言う私たちソウルマスターズも、シェルター内で生き残っていた政府要人だったのです。勘違い人間の集団だったらしく、一般市民よりも矯正に手間取ったそうです」
「そうでしたか。ちなみにアンパンマンは誰の魂から矯正されたのですか」
「私は、キムジョン何とかと言うアジア地区の独裁者の魂だと聞いています」
「ところでアンパンマン、父の魂は今、どんな様子なのでしょうか」
「意気消沈していらっしゃいますが大丈夫です。私たちが責任を持って愛と勇気をお与えしますから」
(了)