小説(三題話作品: おぼん ライン ほし)

覚醒 by 御美子


 私の名前は馬宿文子。現在高校2年生なんだけど、父親が大阪に転勤になったせいで、大阪にもアクセスがいい奈良県に引っ越すことになったの。母は専業主婦で、ごく普通のサラリーマン家庭の娘ってとこかな。高校2年で転校するのもどうかと思ったんだけど、明るいキャラを続けるのも面倒になったし、転校するのもいいかなって思ったわけ。元々社交的じゃないし、人に合わせるのが苦手だから、新しい学校では、できるだけ目立たないようにしようと思ってたのに、田中邦衛風担任のせいで、クラス全員が、速攻私の名前を憶えちゃったのよね。

「起立、礼、着席」
「お前らー、喜べ。転校生だ。名前は、えーっと、『うまやどの ふみこ』だったか」
「名字は『ばしゅく』ですし、途中に『の』を入れないでください」
「すまねえ。と言うことで、『ばしゅく ふみこ』だ、仲良くしてやってくれ」
「と言うことで、じゃないですよ。田中先生、相変わらず、だっさー」
「転校生の名前、間違えるとか、最低ー」
「そう言うなって。俺だってよー、これでも真面目にやってんだぜ」
「もういいですよ、先生。他に連絡事項とか、あるんですか」
「無い。お前ら、ふみこに失礼がないようにしろよ。じゃあな」
「起立、礼、着席」
 
「変な担任でびっくりしたでしょ、馬宿さん。私は星野理恵よ。理恵って呼んでね」
「理恵ちゃんか。私は『ふみこ』でいいよ」
「呼び捨てはちょっと…。でも『ふみこちゃん』って言いにくいから『みこちゃん』でもいい?」
「いいけど、担任っていつもあんななの?」
「まあね。日本史担当なんだけど、授業中もあんなだから、イライラする時もあるわ」
「ふーん」
「午後に日本史の授業があるから、すぐ分かるわよ。あっ、そうだ。LINEのアドレス交換しよう。クラスの連絡網を兼ねてるから」
 
「起立、礼、着席」
「法隆寺の盂蘭盆会が近づいたな。例年通り、お前らは観光客に飛鳥文化を説明することになってるから、今日はそのための特別授業をやるぞ」
「えーっ、今年のお盆もですかー。暑くて嫌だなあ」
「文句言ってんじゃねえよ。テストの成績にかかわらず単位がもらえる、ありがてえ授業だってこと、忘れたんじゃねえだろうな」
「あっ、そうでした。続けてください、田中先生」
「分かりゃいいんだよ。前回は聖徳太子が現役を退いて法隆寺に籠ったところまでだったか?」
「はい、聖徳太子の35歳以降の活躍が、日本書紀には書かれていないということも」
「理恵、お前、記憶力がいいじゃねえか。話が早くて助かるぜ」
「田中先生が頼りないので、自然と身に付きました」
「お前らが俺を超えていくのは大歓迎だぜ。で、聖徳太子が法隆寺に籠ってしまった理由には、いろいろと説があるんだけどよ……」
「田中先生、馬宿さんの様子が変です」
「どうしちまったんでえ、ふみこ」
「自ら現役を退いたのではないのです。あの時には、そうするしか……」
「何言ってるの、みこちゃん。いえ、皇女(みこ)、しっかりしてください」
「みんな、落ち着け。想定内だ。皇女を法隆寺にお移しするぞ。理恵、ご両親にLINEで報告しろ」
 
「文子が、とうとう覚醒してしまったんですね」
「まさか、転校一日目だなんて。心の準備がまだ……」
「目が覚めたら、もう文子の人格は消えているのかしら」
 
「目が覚めたようですな。皇女」
「私の名前は『みこ』じゃなく『ふみこ』ですけど。あなたは田中先生でしたよね。雰囲気が少し違うようですけど」
「私と生徒達は皇女をお守りする役目を賜っております。あなたの自然覚醒を待つ余裕がなくなり、覚醒を促す仕掛けを施した教室に入っていただくことを試みたのです」
「さっき、母も覚醒とか言ってた気がしますけど、母はどこですか」
「お母様は、ここにはいらっしゃいません。ご自宅で話されていたのを感知されたのでしょう」
「そんなこと、できるわけないじゃありませんか」
「あなたなら、おできになるはずです」
「私は、ごく普通の女子高生なんですよ」
「すぐには信じられないと思いますが、馬宿の名を持つ方は日本に数えるほどしかいません。この中から聖徳太子の生まれ変わりが出ることが定められていました。該当者はあなたしかいません。あなたのご両親も、このことはご存知なのです」
「それで両親が、あんな話を。でも私に何ができると言うのですか」
「皇子亡き後、様々な人間が聖徳太子の名を語って、国の統一を図ろうとしましたが、私欲の為だったことから成功しませんでした。十七条の憲法を作ったあなたが、この憲法を周知徹底させるのです」
「志半ばで無理やり仏教に帰依させられたことが記憶に蘇ったのは確かです。分かりました。まずは、憲法4、5、6条をまとめ、『政治家と官僚が一般国民に礼を尽くし、賄賂を受けとらない』が守れていない者を罰するところから始めましょう」
(了)