小説(三題話作品: れいわ コーヒー 夏休み)

こけしや by 勇智真澄

 真湖の母の母。つまり真湖にとっては祖母の7回忌が滞りなく終わり、年号が平成から令和に変わったのを機に「元年は断捨離。ばあちゃんちの小屋、片づけるから夏休みはマコ帰って来てよね。おとうさんは相変わらず仕事優先だから」と母、登美子に言われていた。

 どうせ、彼氏と別れて休みは暇だし。写真サークルも彼氏がいたから楽しかったけれど、別れたらどうでもよくなったし。4年の大学生活もあと1年ちょっとだし。賃貸マンションでクーラー使うのも、もったいないし……。なんて御託を並べてはいるが、要は傷心冷めやらぬ状態だったから、この母の電話は渡りに船だった。
 それに、もしかしたら“開運!なんでも鑑定団”に出せる代物があるかもしれない。真湖はワクワクと根拠のない期待をもって実家に帰ってきた。
 
 祖母の家は代々続く商家だった。
 商家と言えば聞こえはいいが、食品、衣類、化粧品、おもちゃ、雑貨など手広く扱う何でも屋。今でいうところの総合スーパー的な存在だった。
 真湖の家は祖父母の敷地に建てられている。たぶんもう、名義変更はしているのだろうけれど、そんな面倒なことに真湖は興味がない。
 祖父は入り婿で、真湖が小学生の頃に他界した。まだ小さかった真湖には祖父の記憶はあまりない。

 祖父母が住んでいた商店と住居が一体となった建物は、すでに取り壊され、小屋と呼んでいる土蔵だけが残っている。
 祖父母から祖父母の代に至るまでの捨てられないモノ、売れ残った商品や日用品なんかが収まっている。
 そこに真湖の母がまた、祖母の荷物を入れてしまった。
 まだ使えるからもったいない、これには思い出があるから捨てるには忍びない、とか言って。使いもしないのに置く場所があるから、とりあえず取っておく。
 そして小屋の中は様々なものがまとまりなく入り混じり、まさに雑然紛然となっている。
 母が断捨離できないのは親譲りか、と真湖は思った。
 でも私は違う、そんなところは親には似てないんだから。

 とりあえず真湖は2階、登美子は1階と決め、真湖は土蔵の中の踏み幅の狭い階段をゆっくりと上った。
 目の前には山積みの布団があった。布団袋に入っているものもあれば、むき出しのままのもある。昔の綿布団は重くて、ベッドや羽毛布団に慣れた今では、もう誰も使わないだろう。
「おかあさん、布団も捨てるよ」
 真湖は階下の登美子に声をかける。
 布団も粗大ごみで引き取ってくれるから、一気にやってしまおう。
 真湖は布団の山を崩し始めた。
「うわぁ、なんじゃこれ」
 崩れ落ちて広がった布団に、コーヒーゼリーをこぼしたような赤黒いシミがある。真ん中より少しずれた場所に。それも何枚も。カピカピのゼリーは瘡(かさ)蓋(ぶた)みたいに剝がれて布団に散らばった。気色が悪いので、真湖はその面を内側になるように折りたたんだ。

 布団がなくなると、積み重ねられた茶箱が現れた。
 かつて店でお茶も扱っていたようだ。茶箱は年月を得て、渋みの出た色合いになり、いい風合いになっている。
 杉板で作られた茶箱は断熱効果があり、中はトタンが貼られて防湿効果もある。防虫効果もあるので、お茶の保存以外にも、大切なモノ等を入れて使っていたのだろう。
 でも、こんなに沢山はいらないよな。リサイクルショップに持っていこう、と真湖は考えた。小遣いくらいにはなるだろう。

 真湖は中身を確認しようと手短な茶箱を下ろした。その際、数箱に角がぶつかった。その衝撃で振動が起き、がたがたと茶箱が震えた。
「もどりたい……」
 どこかの茶箱から、そんな声がした、気がする。
 まさかね。空耳だわ。疲れてるなあ、わたし。真湖は、この箱の中身を見たら休憩しようと思った。ふたを開けてみると、洋服が入っている。取り出してみるとかなり古い。これも捨て、だな。真湖は、地域指定の燃えるゴミ用袋に移し替えた。

 一休み中の真湖は、ペットボトルの水を勢いよく飲んだ。
 今年の夏は例年よりかなり厳しい暑さが続いている。熱中症に注意して水分塩分補給は忘れない。土蔵の中は蒸しているので、窓は全開にしてある。 
「猫が入り込んでるみたい」
 階段を降りるとき、赤ちゃんが泣いているような声が聞こえた。真湖は、猫が子供を産んだのかもしれないと思った。
「あら、まあ。後で追いだしといてよ」
 ガリガリ君をかじりながら、登美子は事も無げに言う。
「おかあさん上の現状見てないから……。探すの大変なんだからね」
「手が空いたら手伝いに行くわよ」
 という登美子の言葉を半分信じて、真湖は作業に戻った。

 手前の茶箱は空だったり、シーツや布切れが入っていたりでゴミ袋だけが増えていく。お宝らしきものは、なかなか出てこない。
 そうして真湖は空になった茶箱を反対側に積み重ねていく。やっと奥が見渡せるようになったが、猫の姿は見えない。もう逃げたのだろうか。
残すところ、これまでの茶箱よりも古びた数箱だけとなった。和紙に「封」と書かれた札が、ふたと本体の境目に貼られているのだが、糊の粘着が限界なのか、ところどころふわふわしている。
 ここにこそお宝! 貴重なモノが隠されているかも。真湖は札を気にせず、ふたを開けた。
しかし、なんと茶箱の中は、こけしで満杯。なんだ。がっかりした真湖は、もう一箱ふたを開けてみる。だが、さっきのより大ぶりのこけしが詰まっているだけだった。

「こけし、いっぱいあるんだけど」
 真湖は、いくつかのこけしを持ち出してきた。
「それとさ、これなに?」
 さっき撮ったばかりの携帯の写真を登美子に見せた。重くて一人では運べそうにない、足踏みミシンのような機械。
 はっ、と登美子は何かを思い出し、慌てた様子で2階にかけ上がった。(ばあちゃんの話てたことは……。ほんとなの……)
 登美子は、真湖が開けた茶箱のふたを閉めた。

 真湖はネット検索をしていた。あれは「木工ろくろ」という、木材を回転させてこけしを作るための機械らしい。
*こけしのタイプは三つあり、頭と胴体を1本の木で作る一体型が作り付けタイプ。頭と胴体を別々にろくろで挽いて合体させるのが差し込みタイプと、はめ込みタイプ。

 真湖はそれぞれの説明を斜め読みし、これはどっちだろうと、手にしたこけしを弄(いじ)ってみた。こけしの首はくるくる回り、きっきっと音がでた。あれ? 猫の声みたい。この音だったの? 
 真湖は、はめ込みタイプの説明部分を読み返してみた。

*一方に穴、片方に突起を作り、ろくろの回転と熱を利用して押しつけてはめ込むやり方です。突起を穴よりも大きく作って特殊なはめ込み方をするので、職人技が必要になる技法だといえます。このタイプは、首がくるくる回り、キイキイと音が鳴ります。これは、はめ込みタイプだからこその特徴です。

 ふ~ん。昔はこけしも作って売ってたのか。なら、茶箱いっぱいのこけしは売れ残り商品ってことか。でも、なぜ「封」なんて貼ってあるのだろう。真湖は不思議に思った。
 日が暮れてきたので続きは明日にしよう、と登美子は真湖を伴い土蔵の閂(かんぬき)をかけた。

 真湖は手にしていたこけしを、いまだそのままになっている自分の部屋に持ってきて、窓枠に並べておいた。同級生のお土産にしようかな。どうするかは明日考えることにして、もう寝よう。暑さと肉体労働で疲れていた。
 未明、窓枠のこけしが倒れ床に落ちた。
 ガタンと音がし「もどりたい……」とかなんとか聞こえたようで、真湖は目を覚ました。テレビを消し忘れたのかと思い、薄眼で見た部屋は暗い。真湖は夢うつつで寝返りをうつ。すると腰に硬いものが当たったので、再び逆側に寝返りを打ち深い眠りについた。

 そのころ、土蔵の中ではがたがたと茶箱が揺れ動いていた。
「「「もどりたい。帰りたい。あそこに。あの場所に。戻ろう。帰ろう。あの場所へ。あそこへ。いたところに。いるべきところに。おぎゃあ。そうしよう。そうしよう……」」」
 あちこちの茶箱から一斉に声が聞こえる。その声は、まるで盛りのついた猫みたいだ。声が声を追い、ここにいると己を主張している。
 封印が解かれたふたは、こけしの上にこけしが乗り、たくさんの頭で押し開けられた。茶箱は倒れ、こけしたちは転がり、あるものは飛び跳ね、開いていた窓から出て行った。

 登美子はある事が気になり眠れず、小さい頃に聞かされた話を思い出していた。真湖が生まれてからは、ばあちゃんと呼ぶようになり、それまでは「かか」と呼んでいた自分の母親の話を。

⦅店は町に一軒しかないからたいそう繁盛していた。先祖の苗字と名前の一文字をとり鈴栄商店という名前があるのに、陰ではみんな「こけしや」と呼んでいた。“こけし”は“子を消す”と言われてな。鈴木家の女性には特殊な能力があったんだ。選ばれて婿になった男性はそれを助けるために、こけしを作る技術を身に着けなければいけなかった。こけしの胴体に開けられた穴に腹の中の子を移す。移ったら胴体に頭をはめ込み閉じ込める。これは二人でないとできない仕事だ。知識のない昔は、望まれない子を身ごもることが多く、ひっそりと訪れる人が絶えなかった⦆
 幼かった登美子は「かかもできるの?」と屈託なく問いかけた。
⦅おばあのすることを手伝ったことがある。布団に横になった女の人の足の間にこけしの胴体を置いてな。その上に布をかけ、おばあが女の人の腹をさすりながら呪文を唱える。すると女の人は“ふ~っ“と息を吐きだして……。おばあのすることは、それで終わりだった。その後おじいがこけしの頭で栓をする。こけしの大きさは、腹の中の子によって変えていたようだ。私は呪文を教えてもらう前にととが亡くなり、継承できなかった⦆

 こけしを見るまでは忘れていた。当時の登美子は深く考えもせずにいたし、晩年のかかが話すことは戯言と思っていたのだから。

 登美子は、一睡もできずに朝を迎えた。お盆も休みのない夫を送り出し、なかなか起きてこない真湖を起こしに行く。
 真湖が寝ているベッドに、頭のとれたこけしが転がっていた。点々と珈琲色のシミがある。ああ、そういえば真湖はこけしを持ってきていたのだ……。「遅かった……」登美子は愕然とした。

 もう自分の命が長くないと悟ったとき、かかは登美子にこう告げていた。
⦅私が死んだら、いらないものは全部捨てていい。ただ、土蔵にある茶箱だけは、お盆に開けちゃならない。閉じ込めた霊が子孫の元に帰りたがるからな⦆

 町には、お盆の帰省客が多くいた。 
 逃げ出したこけしたちは道端や、民家の玄関先にいた。誰かに拾ってもらえるようにと。中には荷物に紛れ、旅立ったモノもいた。
 
 数か月後、真湖をはじめ、身に覚えのない妊娠をしている人が増えた。それは年齢や住んでいる場所にかかわらず多岐にわたっていた。