小説(三題話作品: ○活 TRY ねずみ)

ネズミのしっぽ by Miruba

「あ~あ、うっそでしょー、ヤバイヤバイ、有り得ない。鞄の中身が飛び出て点数の悪いテスト丸見え~おまけにあそこで横たわってんのあたしじゃん、血だらけだし、ちょっとーー誰か来てよーーおお救急車来た」 
「まいったな、まだ新車だったのに、電柱に真正面でぐしゃぐしゃだ。廃車だな。保険全額出ないだろうなぁ」 
「え? あ、あんた、おっさん! 何やってんのよ! あたしを轢いちゃって、どこ見て運転してんのよ! 見なさいよ! かわいそうなあたし、死にそうじゃん」 
「……すみませんでした。ネズミの姿が見えてついうっかりハンドルを切りそこね、ブレーキを思いきり踏んだのですが利かなくて……」 
「はいはい、高齢者のドライバーって必ず言うなそのセリフ、『ブレーキ踏んだんですが作動しなくて~オヨヨ。。』って、んなわけないのよ、アクセル踏んだんでしょ!」 
「ごめんなさい……あの~でも……お嬢さんが持っていらした懐中電灯の強烈な光が私の目に飛び込んできましてね、頭がクラクラって……」 
「ありゃ、そうだったん? ごめん、ここら辺真っ暗だしイノシシが出るからさ~パパの業務用のでっかいLED懐中電灯持って来たんだ。そう言えばブレーキの音でつい運転している人の顔をライトで見ちゃったかも~じゃお互い様ってこと? 悪イワリィ」 
「でも、こんなに若い方を死なせてしまって申し訳ない。お詫びの言葉もありません」 
「え? やっぱ? やっぱりあたし死んでんの? だよね、だよネ~救急隊員が心肺停止って首降ってるもんね。ちょっとーAED持ってきてTRYしてよぉ。は~~じゃ、おっさんも死んだってこと?……ああ、あれがおっさん本体? 電信柱で……うっわ! マジヤバ完全に潰れてんじゃん……」 
「本当にごめんなさいね、お嬢さんは私と違ってまだ将来があるはずなのに」 
「ん~いいんだよおっさん。どうせあたし死のうと思ってたんだもの。さっきだって本当は避けることできたかもしれないのに動けなかったんじゃなくて動かなかったんだ。」 
「え!? 何故そんなこと。何か辛いことでもあったのですか?」 
「よくあんじゃん、い・じ・め。もううんざりでさ。先生に言ったけどいじめられるヤツが悪いってさ、お互い握手して【ハイ仲直り】って……そんなことするからかえっていじめが酷くなって最悪。もう生きていたってしょうがないって思った訳よ」 
「それは辛かったですね…………あ、ネズミだ! しっぽ捕まえた、しっぽ短いな」 
「こいつが事故の直接原因のネズミ? ってか、これ飼われてたハムスターじゃん。おリボンちゃんついてるぅ、かっわいい。お前も轢かれちゃったのか? ハムちゃん え? 救急隊員がこっち見て騒いでる、『ハムスターが宙に浮いている』って……どういうこと? 皆にはこいつは見えるんだね。脅かしちゃうから木陰に隠しちゃお」 
「不思議ですね、死んだ者には何もつかめないはずですが……」 
「あたしたち死に損なってるのかな?」 
「さぁ」 
「でも、おっさんも死んじゃって自業自得とはいえ、あ、ごめん……可哀そうだね」 
「いえ、いいのです。どうせもう適当に生きていたし。奥さんとうまくいってなくてね。子供はいないし、定年退職した後、生活にあまり困っていなかったのもあってか変なプライドが邪魔して転職もうまくいかなくてね、時々シルバー人材でアルバイトをしていたのですよ。奥さんにはずっとぬれ落ち葉とか言われて離活するとかなんかわからないこと言い出すからこっちもふてくされてね。やけで昔からの夢だった外車を買いました。それが気にくわないのか離婚を言い出されましてね」 
「ふーん。メイドインジャパンにすればあんなに潰れなかったんじゃない? あ、見て見て! あの取り乱した女の人奥さんじゃないの? おっさんを車から引っ張り出そうとして、レスキュー隊に止められてる。泣き叫んでるじゃん。あぁ、可哀そう。ほら、奥さん泣いてるよ! ……ああ、……泣いてるんだねおっさんも……。なんだかんだ言ってお互い愛してるんだね」 
「す、すまない。私が外車買ったばかりに怒らせて、これさえ買わなかったら離婚なんて言わなかったよね……ごめんよ郁子、許してくれ」 
「いや、おっさん、そういう事じゃないと思うよ……離婚を言い出したのは……ま、いっか。 でもさ、奥さんに知らせてあげなよ、ありがとう、幸せだったよって」 
「無理ですよ、ほら、泣いてる奥さんを抱きしめようとしたって、手が通り過ぎてしまいます……愛してるよ郁子……うぅ」 
「おお、いいこと考えた。ハムスターのしっぽで地面に字を書けばいいんじゃない? 出来るかどうかわかんないものやってみて、そうそう、そこの水たまりの水で、奥さんの足元に……ああ、奥さんハムスター見て逃げちゃった」 
「あ、いける。書けるよ」 

_ごめんな郁子 先に逝く 今まで幸せだったよ ありがとう_ 

「あ、奥さんハムスターを見てたから、文字に気が付いてくれた。ああ、泣いてる。可哀そう奥さん。ぐすっ……もらい泣きしちゃうよぉ。奥さん! 気が付けて良かったね。おっさんは奥さんの事愛してるってぇ……聞こえないか。ちょっとおっさん、愛してるって書いてやんなよ。あの外車でドライブしたかったって言って泣き崩れてるじゃん。ほら、ここにいるって判ってもらいなよ」 
「だって…………うぅ……手を握ってあげたくても…抱きしめてあげたくても……声をかけたくても……もう死んでしまったらどうしようもない」 
「あああ、じれったい。ハムスターを渡してあげればいいんだよ……ほら、奥さんがハムスターを抱いてこっちのほうを見ておっさんのこと呼んでいる、わかってくれたんだね。よかった、よかった」 
「ありがとう、お嬢さん、これでほっとした。君はきっと生きて幸せになってね」 
 
 
「気が付きましたね! もう大丈夫ですよ。手術も成功しました。今、ご両親をお呼びしますからね」白衣の先生らしき人があたしの顔をのぞき込んで言った。 
「え? あたし、死ななかったの? 心肺停止って救急隊員の人が言ってたけど……」 
「ま、聞こえていたの? 不思議ね。救急隊員さんが一所懸命蘇生術して助けてくださったのよ」とママ。
「あ、そうだ! あたしを轢いたおっさんは?」 
「おっさんってあなた、おじさんとおっしゃい。あぁ、それがダメだったみたい。あなたをこんな目に遭わせた人だけれど、お気の毒だったわ。さっき奥さんがお見舞いに来てくださったのよ。よくわからないけれど、ハムスターのしっぽがね、ほらネズミみたいな動物、あれのしっぽがあなたに『頑張って生きてね』って書いていたそうよ。あの奥さん悲しさのあまり頭混乱しているのかもね、お気の毒」 
「ううん、あたしはわかる。おっさん、ううんおじさん……あたし、負けないでしっかり生きる。死んでしまったら誰のことも抱けないし愛せないし喧嘩もできないもんね。ありがとう、ありがとう、天国のおじさん」