小説(三題話作品: ○活 ねずみ Try)
内はほらほら、外はすぶすぶ by 御美子
カランコロン
「お久しぶりです。今年も来ちゃいました」
「あら、いらっしゃい、オオクニ(注1)ちゃん。年末だから、そろそろ来る頃だと思ってたわ」
「年末年始は初詣の準備を口実に外出できるんですが、ここだけが憩いの場ですよ」
「何となく分かるわあ。家にいるとスセリ(注2)ちゃんのチェックが厳しいんでしょ」
「厳しいのなんのって。ここがおかまバーじゃなかったら、酒も飲めやしませんよ」
「愛されている証拠なんだから、ある程度我慢しなきゃね」
「我慢にも限界がありますって」
「嫉妬深い奥さんを持つと、ほんと大変よね。独身の常連さんには注意するように言ってるわ」
「マジでシャレにならないですよ。なんで、あんなに嫉妬深い女と結婚しちゃったんだか……」
「興味深いから毎年聞いてるけど、二人の馴れ初め、また聞かせてよ」
「いいですよ。自戒の意味も込めて、何度でも話しますよ」
「たしか、最初の奥さん八上姫(やがみひめ)が、オオクニちゃんを選んだせいで、兄さんたちに殺されたのよね」
「そうなんですよ。八十神(やそがみ)の兄さんたちが、自分たちが選ばれなくて面白くないもんだから、山の上から真っ赤に焼けた岩を転がして、『イノシシだから、しっかり取り押さえろ!』って言うから、その通りにしたら死んじゃって。幸い母が天津神に頼んで生き返らせてくれたんですけどね」
「そのあと、もう一度殺されて、お母さんから根の国に逃げろって言われたんだったわね」
「はい、そこに須勢理毘売(すせりびめ)がいたんですけど、そりゃ可愛くて。一目ぼれでした」
「お互いに一目ぼれだったんでしょ?」
「根の国って、別名黄泉の国ですから、まともな男もいませんしね」
「それで、それで?」
「父親に紹介したいって言われまして。気は進まなかったんですけど、会わないわけにもいかなくて」
「お父さんって素戔嗚尊(すさのおのみこと)よね。荒ぶる神で有名な」
「半端ないですよ。一晩目は蛇の部屋、二晩目はムカデと蜂の部屋に泊まらされたんですから」
「でも、スセリちゃんが助けてくれたんでしょ?」
「そうなんです。あの頃の須勢理毘売は本当に優しくて」
「で、その次は 素戔嗚尊が野原の中に射た矢を取りに行かされたのよね。でも野原に火をつけられちゃったんだっけ?」
「そうなんですよ。酷くないですか?この時は、なぜかネズミに助けられたんですけどね」
「因幡の白兎といい、ネズミといい、女の子だけじゃなくて動物にもモテるのね」
「フェロモンってやつですかね。とにかく、ネズミが『内はほらほら、外はすぶすぶ』って言うんで、穴に潜って火をやり過ごしたんですよ」
「そんな呪文みたいな言葉、よく理解できたわね」
「切羽詰まってたんで、無我夢中でしたよ」
「それから最後のトライアルがあったのよね」
「これが、もう最悪で、素戔嗚尊に頭の虱を取れって言われたんですよ」
「でも、虱じゃなくて、ムカデだったんでしょ? 素戔嗚尊ってムカデ好きなのかしら」
「よく分かりませんけど、頭にムカデって、気持ち悪すぎるでしょ」
「で、この時もスセリちゃんが助けてくれたのよね」
「そうなんです。彼女、機転が利くんですよ。彼女がくれた椋の実を噛み砕いて、赤い土を吐き出すのを何回かやったら、 素戔嗚尊が、ムカデを噛み潰してると勘違いして気に入られちゃって」
「素戔嗚尊が安心して寝た隙に、柱に髪を縛り付けて、二人で手を取り合って駆け落ちしたってわけよね。いいわあ」
「手を取り合ってというより、おぶって逃げたんですけど」
「で、何とか逃げられたから、今ここに居るのよね」
「はい、しばらく平穏に暮らしてたんですが、問題が起きまして」
「一生懸命妊活したのに、子供ができなかったんでしょ?」
「そうなんです。その頃からですかね、須勢理毘売の性格が変わったのは」
「そりゃ焦るわよ。他の女との間には子供が180人もいるのに、スセリちゃんにはできなかったんだから」
「まず、先に子供を産んだ八上姫が須勢毘売を恐れて、子供を置いて逃げちゃうし。その後も妻問いに行く度に須勢理毘売の嫉妬が強くなって……」
「でも、男は妻に嫉妬されてなんぼ、嫉妬されるほど夫婦の絆が深まるとかで、あんたたち夫婦セットで神社に祀られてるんじゃなかったけ?」
「そりゃそうなんですが、それって、あとで取って付けたような解釈じゃありませんか?」
「確かに、家父長制度の頃には都合がよかったかも知れないけど、今時それはないわよね」
「須勢理毘売が時代の波に乗ってますます強くなってるのに、僕の立場は段々弱くなっていくみたいで……」
「同情するわ。ノンケの男って大変よね。いっそのこと私みたいにジェンダーフリーになってみる?」
「神社に祀られてる立場上、そうもいきませんよ」
「そりゃそうね。まっ、息苦しくなっちゃったら、また寄ってよ」
「そうさせてもらいます。年末頃に、またお邪魔します」
「元気出して。縁結びの神として頑張るのよ、オオクニちゃん」
「はい、常連客の皆さんに、嫉妬深い女には気を付けるようお伝えください」
カランコロン
「やれやれ、古事記日本書紀時代の感覚が、まだ抜けないのね。最近は男女関係なく嫉妬深くなってること、知らないのかしら」
注1:大国主命(おおくにぬしのみこと)
注2:須勢理毘売(すせりびめ)