新作噺(三題話作品: 生 入道雲 ウイルス)

ホオズキ市 by Miruba


「お~い、ヤス坊、居るか? お~い! ヤス坊居留守使ってんじゃねえだろうな! おおーい」

「なんだよ、富さんか、表ででかい声でわめくなよ。近所迷惑じゃねぇか。ヤス坊ヤス坊って気安く呼ぶなってんだ。俺にはちゃんと伊藤安生(イトウヤスオ)という親からもらった立派な名前ってのがあるんだよ」

「お、居やがった」

「居やがったって、なんだよその言い草は、ソロソロ富さんが来る頃だと思って、地ビール用意してたんだ。気が利くよな、我ながら」

「てめーで、てめーを褒めてりゃ世話ねぇや、それより地ビールもいいけどよ、この時期は『生』だろうよ。暇なら付き合え」

「どこに」

「浅草寺さんのホオズキ市だよ。そのあと一杯いくか?」

「そりゃまた風情とは無縁のような富さんがどういう風の吹き回しで」

「かみさんがよ、咳が出るってんだよ。流行り病じゃなきゃいいが、医者を呼ぶかって言ったんだが大したことねぇ、休んでりゃ治るってぬかしやがる」

「そりゃいけねぇな、嫁さん腹がでかいんだったよな。夏風邪は長引くっていうじゃねぇか、腹の子に悪いな」

「おうよ、それでホオズキは昔っから熱さましや女房達の病の特効薬っていうじゃねぇか、それによ、7月10日のホオズキ市は観音様の徳が四万六千日分あるってからよ」

「え、それを言うなら、『6月24日の功徳日に青ホオズキの実を愛宕の神前で鵜呑みにすれば、大人は癪のタネ(腹立ち)を切り、子供は虫の気を封ずる生薬となる』ってんだよ、浮世絵師の山東京伝の『蜘蛛の糸伝』に書いてあらぁ」

「ヤス坊、おめぇは何時からそんな物知りになったんだ。どっちでもいいや、ほれ入道雲が沸き立ってら、夕立が来る前にひとっ走り行ってこようぜ、ホオズキ市」



「おーい! ヤス坊、伊藤安生! いるか? おい、伊藤居留守使ってんじゃないだろうな?!」

「なんだよ、やっぱ富さんか、玄関先ででかい声でわめくなよ。毎度近所迷惑じゃねぇか。どうしたい、その後かみさんは?」

「どうもこうもねぇよ。ホオズキを食べさせようとしたときに、かみさんのおっかさんがやって来てさ、『子供を殺す気か!』って痛いほどぶたれた」

「何やらかしたんだよ」

「なんでも公方様の頃には赤ん坊を堕すのに、ホオズキをつかったそうだ。俺はいったい何をしようとしたんだって観音様の徳はどうなってんだって、お詫びにホオズキを口に入れたら苦くて食えねぇ」

「そりゃ、富さんが悪い」

「何言ってんだよこの野郎、てめぇだって、止めなかったじゃねぇか」

「いや、俺は最初っからホオズキの実は中身を出して、口にくわえて音を鳴らすもんだって言ったよ」

「嘘つけ、この野郎」

「観音様の徳があったから、おっかさんを止めに寄こしたんだろうよ。でもさ、かみさんもおっかさんも鬼のように怒っただろうな?」

「あたぼーよ、そりゃもう、鬼の目に灯が燃えるようだったぞ」

「そりゃそうだ。なんたって、<鬼灯>って書いて<ホオズキ>って言うくらいだからな」



おしまい