小説(三題話作品: 生 入道雲 ウイルス)

公開討論会 by 夢野来人

「これは、まさに生か死かの問題なのです」
映し出されている二分割の画面では、激しい舌戦が繰り広げられていた。
「それはこちらにしたって同じこと。簡単に譲歩するわけにはいきません」
丸い模様の映像が反論している。
世にも珍しいリモート公開討論は続いていた。
「だいたい、あなたたちは図々しいんです。自分で細胞を持たないからといって、何の罪もない他の生物の細胞に侵入して自己複製するなんて、卑怯じゃないですか」
「それを言うなら、あなた方だって、何の罪もない動物や植物を殺戮して召し上がっているではありませんか」
「そ、それは止むに止まれず、生き延びていくには仕方なく必要最小限度の生物を食糧としているだけです。それは食物連鎖の一貫なのです」
「私たちだってそうですよ。自分だけでは増殖できない。だから、止むに止まれず最小限度の他の生物の細胞に侵入しているだけです」
「それは屁理屈というものです」
「屁理屈かどうかは、聞いている皆さまに判断してもらえば良いではないですか」
「もちろん、そのための生の討論会です。録音では修正されてしまう可能性がありますからね」
「ずいぶん自信がおありのようですが、自分たちのことを理不尽な生物だと感じていないのは、あなた方人間だけですよ」
「私たちのどこが理不尽だというのですか?私たちのことを理不尽と思っているのは、あなた方ウィルスだけではないですか」
「ほんとにわかっていませんね。では、申し上げますよ。たとえば、犬。リードを付けたまま散歩と称して暑い時も寒い時も、市中引き回しの刑をしているではありませんか。まるで奴隷扱いだ」
「何を言ってるんですか。犬は散歩が大好きだから連れて行ってあげているんですよ」
「ああ、その上から目線が奴隷扱いしている証拠。それにエサにしたって、毎日同じエサを与えている。これではどう見ても奴隷扱いだ」
「いやいや、あれは犬の大好物なのだ」
「では、あなたは自分の大好物を三食毎日食べさせられて美味しいと思いますか?」
「犬と人間は違うのだ!」
「そうですか。では、ネコはどうです?」
「ネコに散歩はいらないだろ。ずっと家の中でエサだけ与えておけばいいんだよ!」
「犬は奴隷、ネコは拉致ですね」
「何を言ってるんだ。ネコはエサを与えておいて、猫じゃらしとかでちょっと遊んでやれば十分満足なんだよ」
「あなたは、もしもどこかに閉じ込められて、毎日同じ食事しか与えられず、いつも同じおもちゃしか与えられずにいて、それで幸せですか?」
「おれは幸せではないが、ネコはそれで幸せなのだ!」
「本当にあなた方人間は、どこまで自分勝手なんですか。それでは、まるで湯舟に浮かんだ入道雲を風呂桶でつかまえようとしているようなものではありませんか」
「なんだ?どういうことだ!」
「すくいようがありません」

さてさて、このリモート討論会をご覧のあなた、はたしてどちらの言い分が正しいとお感じでしょうか。