小説(三題話作品: うし スマート つばき)

パプリカ by 御美子



カランコロン

「ママ、ご無沙汰してます。今年も来ちゃいました」
「あら、いらっしゃい、オオクニ(注1)ちゃん。もう来ないかと思ってたとこ」
「自分でもよく来られたなあって思います。今度の初詣は人出が少ないって言われてますし」
「そうよね。世界的に外出控えめだし。スセリ(注2)ちゃんのチェックも相変わらず厳しいの?」
「唯一の息抜きの場であるこちらのバーにも来られないかと思うくらい……」
「でも、来れたんだ」
「はい、スセリが実家から呼び出されまして」
「えっ、実家ってスサノオ(注3)さんとこ? 大丈夫なの?」
「何でも、携帯をスマートフォンに替えたいとかで」
「まだ、ガラケーだったの?」
「一応神だし、スマホまではいいかなって」
「ガラケー、来年までしか使えないわよ」
「通信各社が値下げ競争始めた、このタイミングかなと」
「それで、スセリちゃんが実家に呼び出されたんだ」
「駆け落ち同然だったんで、この機に親孝行しろとも言われまして」
「そうだったんだ。ところでスサノオさん、少しは丸くなったの?」
「高天原(たかまがはら)に行きたいと駄々こねたり、凶暴になって根の国に追放されたこともありましたが……」
「八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して英雄になったこともあったんだったわよね」
「元々読めない性格だったんですが、神仏習合で牛頭天王(ごずてんのう)の異名もあって、疫病にご利益があるとかで急に忙しくなって」
「あ、もしかして、それでスマホが必要になった?」
「ええ、ぶっちゃけ金銭的に余裕ができたからなんですけど」
「でも、何だか浮かない顔ね」
「久々の帰省なんで、義母の櫛名田比売(くしなだびめ)の方が問題で……」
「八岐大蛇を退治する時、スサノオさんの頭に櫛としてささってた方?」
「はい、自分が丹精込めて育てた椿の木を持って帰れってうるさくって」
「あの地面に立てた2本の椿が1本になったってやつ?」
「よくご存じですね。八重垣神社にある夫婦椿です」
「いいじゃない、縁起よさそうで。ゲイ仲間の間でも評判いいわよ」
「枯れても二股の椿が生えてくるんですよ。怖くないですか?」
「まあ、そう言われると、スセリちゃんの嫉妬深さと重なるわね」
「怖いでしょ? 怖いでしょ? あ、やばい!」
「どうしたの?」
「そろそろ紅白始まりますよね」
「あら、そんな時間かしら?」
「オープニングの曲が始まる前に帰って来いって言われてるんです!」
「オープニングの曲って?」
「パプリカですよ!」
「……」
「今日はこれで失礼します」

カランコロン

「オオクニちゃんも苦労が絶えないわねえ」



注1:大国主命(おおくにぬしのみこと)
注2:須勢理毘売命(すせりびめのみこと)
注3:須佐之男命(すさのおのみこと)