小説(三題話作品: うし スマート つばき)

プロローグ by 夢野来人



「年も改まり、今年の抱負というか私自身の目標を掲げたいと思います」
「ははあ、姫。それは良き心がけかと存じます。して、今年は何をやらかそうと言うので」
 いつも気まぐれな姫の戯言を聞くのは、もう慣れてきた。
「今年は、ビキニの似合うスマートな体を手に入れようと思います」
 何と大胆な、というか途方もない目標を立てたものだ。いや、違う。私にはわかる。姫がそんな苦しいことを自らに課すわけがない。きっと、理由があるはずだ。そうだ、きっと恐ろしいことを企んでいるに違いない。自分が苦しむぐらいなら国民を苦しめてしまえというのが姫なのだ。もちろん、国民にしたって、苦しんでいる姫の姿など見たくはない。姫が苦しむぐらいなら自分たちが苦しめば良いと思っている国民ばかりだ。それでバランスが保たれている。この国は、昔からそういう国なのだ。
「と申しますと、いわゆる意識改革をなさるのですか?」
 これは相当な国民の意識改革をする必要がありそうだ。
「そうよ、今までの自分の意識を根底から覆すのよ」
「えっ? 姫、国民の意識改革をされるのではないのですか?」
 いや、ちょっと待ってくれよ。国民ではなく自分の意識を改革するだと。正気か。いやいや、もっともっとドSな性格になろうと言うのではあるまいな。
「大臣。なぜ、私がビキニの似合う姿になるのに国民の意識改革が必要なのよ」
「いえ、ビキニには垂れ下がった胸やたるんだお腹こそが魅力的に映るのだというふうに国民の意識を改革するものかと思ったものですから」
 「何を申すか、無礼者」
「ははあ。失礼つかまつりました。すると、つまり、あれですか……」
「そうよ。あれよ、あれ。ついに私も始めるわよ、ダイエット」
 おお、何という大それたことを。今さらダイエットだと。しかも、そんなことを国民は望んでいない。あなたのそのふくよかな胸、脂肪の巻いたお腹こそが、国民の羨望のまとだったというのに。
「いや、しかし姫。突然ダイエットと申されましても、私ども今までそちら方面の研究は進んでおらず、具体的に何をどうして良いのやら、とんと見当がつきませぬ」
「いいのよ。私、自分でするから」
「な、なんとおっしゃいました!」
 まったく耳を疑ってしまう。いつもは、体を洗うのだって、自分ではせず係のものに任せっきり、そもそも食事だって自分で作るわけじゃない。持ってきてくれたものを、一日中むしゃむしゃと食べているだけではないか。おまけに、運動するわけでもなく、食っちゃ寝、食っちゃ寝をして育ってきたその体を、いったいどうしようというのだ。やはり、国民の意識を改革した方が早いのではないだろうか?
「大臣。あなた、食べ物の心配してるでしょ」
「い、いえ。決してそのようなことは」
 そりゃ、しますよ。今まで通りの食事じゃダメってことでしょ。今までだって、結構なわがままを聞いてきたんですよ。あそこの産地のものはイヤとか、これはちょっと固いわねとか。そのうえ、食べたい放題食べてもダイエットできる食品を探せとでも言われた日には、どこをどう探せば良いのか困り果ててしまう。
「大丈夫よ。食事は今までと同じものを出してくれればいいから」
「では、何を変えるので」
 何かを変えなきゃダイエットはできないだろう。
「意識よ」
「それだけで良いのですか?」
 いやいや、それで痩せれるのなら、世の中の女性たちは皆ダイエットに成功しているはず。痩せたいという願望があるくせに、それを補ってあまりある食べたいという欲求、いやむしろ衝動とも言うべき感情に流され、気付いた時には食べ物をほうばっているというのが世の常。意識を改革するというのは口では簡単、しかし、いざ実行に移すのは至難のわざ。まさに、横山やすし西川きよしなのだ。ん? ではなく、言うは易し行うは難しなのだ。
「私、計るだけダイエットしてみようと思うの」
 ああ、何と言うことを。毎日体重を計るだけで、自然と食べ物の摂取量が減っていき、ちょっと減るとそれが嬉しくなり、食べたい欲求よりも減った満足感の方が上回り、無限級数的に痩せて行くと言われる、あの幻のダイエット。果たして、そんなにうまくいくものなのか。
「では、とにかく3ヶ月続けてみることにいたしましょうか」
「やるわよ〜」
 姫の決意は固く、3ヶ月後、姫の体重は何と20キロも減っていたのである。

ある日、他の星からの訪問者がやって来た。姫の痩せ細った体を見て、その訪問者は嘆いた。
「何だよ。せっかく、つばきが出るような霜降りの肉が付いてきていたのに。これじゃ、すき焼きに使えないじゃないか」

これは、うしの惑星の序章に過ぎないのであった……