世界遺産 モン・サン・ミッシェルへ by Miruba


世界で最も美しい修道院と言われる、モン・サン・ミッシェル(Mont-ST-Michel)に久しぶりに行くことにする。確かに「西欧の驚異」とも言われるそのたたずまいは神秘的で、一度は訪れたい場所だと思う。パリから370キロのところにあるので日帰りもできるが、やはり一泊して夜景と早朝の眺めを味わいたい。


パリからA13号線を使って車で向かう。
途中で高速を降り、オンフルール(Honfleur)へ寄る。オンフルールは、セーヌ川が大西洋に注ぎ込む河口にある漁港の町だ。印象派の画家たちも好んだという町並みは、海面に浮かぶ小舟と長屋のように立ち並ぶ家々の景色が、すでに絵画の様だ。


ジムノペディで知られる19世紀フランスの作曲家エリック・サティが生まれた町でもある。エリック・サティの生家


サント・カトリーヌ教会と、教会のステンドグラス
 

土産物屋さんに飾ってあった海水浴をするおばちゃま方の置物、なんかうける。


オンフルールを抜けたあたりの景色もなかなかのもの。橋の横にプロムナードフォトグラフィックと書いてある。
栗の木を発見!  秋深まったら採りに来たいな~。パリでは、食べられないマロニエの木が多い。
 

さて、ノルマンディーのオンフルールを後にして、ブルーターニュ(Bretagne)のイギリス海峡に突き出したモン・サン・ミッシェルへ移動する。
 

8世紀、この近くのアブランシュと言うところで司祭だったオベール神父は、夢の中でサン・ミッシェル(聖ミカエル)に「モントンブ(墓の山)に聖堂を作るように」とお告げを受け、小さな聖堂を造った。それが今のモン・サン・ミッシェルのある処だった。長らく巡礼の地であったが、13世紀に火災に遭ったことを契機にゴチック様式の現在の建物に再建された。

モンサンミッシェルのある場所は潮の干満の差が激しく、満潮時には驚く速さで潮が満ちるために、昔は多くの巡礼者が流され帰らぬ人となったことでも有名だ。
私の滞在中夜と朝に満潮が2回あったが、建物の入り口が海水に浸ってしまい、横の出入り口から、かろうじて出られるほどだった。
潮が引いた後は砂が堆積しないように清掃車が土砂を海に戻す作業を毎回行うという。


着いた時は夕日に浮かぶモン・サン・ミッシェルだった。


モン・サン・ミッシェルの街中。


夜空に浮かぶ塔、神秘的な光景をそこかしこ見ることができる。この時間を味わうためだけでもモン・サン・ミッシェルには是非一泊したいところだ。


一泊して次の日、朝日に浮かぶモンサンミッシェル。一本道でポルトガル製のバスが、対岸と往復しているが、これが最悪。エンジンが内部に大きくはみ出ていて座席が取れず観光客が多いと人員が乗り切れない、常に2、3台待ちになる。
EU統合で仕方なく取り入れたのだろうが、日本製やドイツ製なら、いやそもそもフランス製だってあの倍は人数が乗れると思うし性能ももっといいだろう。


近くから見ると岩がごつごつしている。


モン・サン・ミッシェルの中にある墓地。


巨大柱の間。


人に慣れている鳥で、すぐそばで沢山のシャッター音がしてもフォトジェニックとしてのポーズをとってくれるぅ。鳥が飛びたった時、偶然に撮れた~
 

イニシャルが彫られている石。日本のお城の石垣と一緒で、運んできた人の名が刻まれている。


サンミッシェル像。


食堂。ここに修道士たちがずらっと並んで食事をしていたところを想像してみる。


そろそろ帰りの時間。帰りにはモン・サン・ミッシェルに教会を設置することになったオベール神父の居たアバランシュに寄ってみた。
サンタンドレ大聖堂(Saint-Andre Cathedral)と大聖堂内
 

アバランシュの町


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堤防を築き車も人も通れるようにしたために、完全に陸続きになっていたモン・サン・ミッシェルは、その景観が損なわれるとして、現在は一本の長い橋が掛けられ、その道を通るバスのみ運行、又は徒歩で行くことになる。

満潮の時、完全に水に囲まれた姿は畏敬の念すら覚えると言われている。
少しずつ元の姿になりつつあるというその時を求めて、またいつか訪れてみたいものだ。


参考:MICHELIN FRENCE