小説   パリ-東京 LINE by Miruba

僕の秘密…物事の本質は目では見えない by サンデグジュペリ
Voici,mon secret.L’essentiel est invisible pour les yeux.



金曜日

パリも気持ちの良いシーズンだ。
窓を通る風が心地よい。
ベランダの花々に水をやる。

私はアロマテラピーとリフレクソロジー・フットマッサージのサロンを自宅アパートでやっている。
事故で目が不自由になった私に亡き夫だったムッシューが薦めてくれた仕事だったが、性に合うというのか、今では私の身も心もまた経済的にも支えてくれている。

まだ6時だし、気分が良いから朝食用のバゲットを買いに行こうかなとカンヌブランシュ(白い杖)を手にした時、タブレットがブーブーと鳴り出した。日本からのLineの無料電話だった。最近は便利になったものだ。
日本は午後1時頃だな、と思いながらボタンを押すと男の子の声がした。

「あら、隆夫君? 珍しいわね。うん? 相談? 何かしら」


死んだ母の従妹の連れ合いの実兄の伴侶のはとこの姪というとんでもなく遠い親戚の女の子知恵ちゃんが高校の修学旅行でパリに来た時自由時間を使って一緒に、ルイ・ブライユのお墓を散歩したことがある。とても賢い子でその後便りやLineのやり取りをして、今ではすっかり本物(?)の親戚として「パリのおばさん」と呼ばれ付き合っている。友人も少ない私には、嬉しい親戚である。その知恵ちゃんの弟が隆夫君だ。

「僕も中学の修学旅行でカンボジアのアンコールワットを見に行くことになっているんだ」

「それは豪勢ね」と茶化したつもりなのだが、いつもと違って乗ってこない。

「それでね、お父さんとお母さんが旅行中だからパスポートをつくるために戸籍謄本を取りに行ったら・・・僕、養子だった。僕、本当の家族じゃなかったんだよ」



私は言葉に詰まった。
隆夫君は一人で自分の心を持て余しているのだろう。
誰かれに相談できる話でもなく、遠い国に住んでいる私ならと話を聞いてほしかったのに違いない。

「隆夫君これはお父さんやお母さんに聞けばすぐに判ることだと思うけれど、今は聞きたくないのね? そうか・・・ね、隆夫君あなたの生まれた時の写真ってお家にある?」と尋ねてみる。

「え? 僕の生まれた時の写真? 結構あるけど・・お父さんは出産のときに立ち会ったって言ってたけれど、ウソだったんだね」隆夫君は悔しそうにつぶやく。

「そうかな、そんな嘘ついたってしょうがないよね。
知恵ちゃんはいないの? そう、お友達のモグちゃんの家にお泊りなのか。・・・
ね、隆夫君、知恵ちゃんの赤ちゃんの時の写真も沢山あるでしょう?」

「ん~ううん、そんなにない。そう言われてみると、お父さんとお母さんが赤ちゃんの時のチー姉ちゃんと一緒に写っている写真が無い。仕事で忙しかったにしては全く見あたら無いのは変だね。どこかにしまってあるのかな」

鋭いところをついてくるな、と思った。

私は少し事情を知恵ちゃんから聞いていた。
何時かはタ―君に聞かせるときが来ると思うけれど、自分は話したくない、と言っていたのだ。
だが、今がその時かもしれない。


「隆夫君、知恵ちゃんに電話で聞いてみたら?」

_そうだね、そうする_と言って隆夫君のLineが切れた。


私はパンを買いに行くのやめてコーヒーを入れた。
風が少し強くなって、私は窓を閉めた。



土曜日

今日はお得意様である井藤さんの予約が入っているので朝から準備をしていた時、また隆夫君から電話が入った。

「チー姉ーちゃんがパリのおばさんに聞きなさいって、教えてくれないんだ。今日もモグちゃん家から帰ってこない」


私はため息をついた。
誰もが逃げたい話かもしれないが、いつかは知らなくてはいけないことだろう。
親がするべきだなのだが・・・


隆夫君が、ではなく、知恵ちゃんが今のお父さんの子供ではなかった。
知恵ちゃんの父親はドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)をふるった。
お母さんは知恵ちゃんがいたのでずっと我慢していたが、ある日赤ちゃんだった知恵ちゃんを床に放り投げたことがあったという。運良く大事には至らなかったが、そんな暴力に耐えられず逃げ出していた。

今のお父さんは昔からお母さんを知っていて事情も分かっていたのでかくまってくれた。
知恵ちゃんのことも自分の子供のようにかわいがってくれたという。

お母さんは離婚届を送ったが夫からの届け出がされていなかった。更に外国に行ったまま行方が分からず、裁判も起こせないまま、お母さんは今のお父さんと長い間再婚が出来ないでいた。


「え?! じゃチー姉ちゃんもお父さんとは義理なんだ。チー姉ちゃんはそれを知っていたんだね。でも、お父さんとは仲が良かったように思うんだけど・・嫌だったのかな」

「ううん、今のお父さんが嫌なのではなくてね・・知恵ちゃんの学校に実の父親がある日突然顔を出してね、一緒に外国に行こうって言ったのですって。毎日毎日学校に現れるから、怖くて・・・それで登校拒否になったらしいわ」

「え~! そうだったの?! だからお父さんやお母さんが学校に行かない理由を聞いても答えなかったんだね」隆夫君は謎が解けた興奮からか声高に受け答えをしている。

「パリのおばさん、チー姉ちゃんの前のお父さんがまた来たらどうしよう。チー姉ちゃんを連れていこうとするかな。僕絶対行かせないけどね。お母さんもお父さんもチー姉ちゃんを放さないと思うよ」


「隆夫君、それはもう心配ないのよ。あなたのお母さんの前夫つまり知恵ちゃんの父親はね、パリ郊外の田舎町で亡くなったの」

「え? いつ?」

「ほら、知恵ちゃんが修学旅行でパリに来たでしょう? あの時点字を発明したルイ・ブライユと言う人のお墓参りをしたいって皆にも言ってたと思うけれど、あの同じ墓地に知恵ちゃんの父親のお墓があったのよ。お母さんも知らないんじゃないかな。
私もその時は知恵ちゃんが何で涙を流しているのかわからなかったのだけれどね。見えなくても気配でわかるからね。
後で知恵ちゃんから聞いたのだけれど、父親からお詫びと病院に会いに来てくれという手紙が知恵ちゃん宛てに届いていたそうよ。
知恵ちゃんは結局見舞いには行けなかったのよ。
今のお父さんに悪いし、お母さんは絶対会いたくないと言っていたらしいし、誰にも言えず、それが辛かったのかもしれないわね。
どんな父親でも、実の父親には違いないから。
それからね、隆夫君。
私ちょっと思うんだけれど、あなたが養子だったのは、お父さんとお母さんの苦肉の策だったんじゃないのかな。
色々複雑な事情はあったと思うけれど、あなたを無戸籍にしたくなかったのだと思うわ」


隆夫君はなにか考えているようだったが、Lineはそこまでだった。


お客様の井藤さんの声がインターフォンから流れてきた。
「時間がないのよ、急いでやってね」


日曜日

今日は東京にいるカメラマンの友人が来ることになっている。
友人?
なんだか自分にウソをついている気がしてきた。
もう、友人ではないかもしれない。
ムッシューごめんね、私彼のこと好きかもしれないわ。
ムッシューの写真に話しかける。

マナーモードにしていなかったのでLineのけたたましい電話音が鳴った。
隆夫君からだ。

「パリのおばさん、おはようございます。チー姉ちゃんが話してくれたよ。泣いてた。
もう登校拒否からは卒業だね。
僕のこともね、旅行から帰ってきたお父さんに、聴いたんだ。
パリのおばさんの言うとおりだった。
お父さんがね、『黙っててごめんな』って、それから『DNA鑑定してもいいぞ』って言ったんだ。
もう、僕どうでもいいや。お父さんはお父さんだから。チー姉ちゃんもそう言ってた。
お母さんがねパリのおばちゃんにお便りしますって」

隆夫君の明るい声がタブレットの向こうから聞こえてきた。
目に見えない私にも、隆夫君のなんだかスッキリした笑顔が見えるようだった。
この週末は隆夫君にとって一生忘れられない日々になるだろう。
明日の月曜日から、新たな気持ちで過ごせる気がする。


隆夫君は自分が養子だったことより、姉の知恵ちゃんのことが余程も心配だったのだろう。
私は姉弟愛、家族愛を感じて微笑ましくなった。


結局実子か養子か、とか、実父か養父かという紙の上の目に見える立場より、お互いにどれだけ信頼がありそこに愛があるかと言うところに「家族」としての真実があるのかもしれないと思う。


隆夫君の秘密・・・・物事の本質は目には見えないもののようだ。