網焼亭田楽の新作噺

「わらしべ長者」   by 網焼亭田楽



毎度ばかばかしい与太郎話でございます。


「なんでございましょう、だんな様」
「おいおい、あたしゃあまだ何も言っていないよ」
「たまにゃあ、あたいから声をかけようかと思いまして。何しろ、あまりに暇なんで」
「呼んでもいないのに返事をする奴があるかい。まあ良い。ちょうどいいところに来た」
「では、さようなら」
「ちょっと、待ちな。与太郎」
「急に用事を思い出しまして」
「あまりに暇じゃなかったのかい」
「誰が」
「おめえだよ」
「さすが、だんな様。良くご存知で」
「心配しなくても大丈夫。煮たり焼いたりしようってえんじゃねえんだ」
「ほっと一安心。で、どんな御用で」
「おめえ、わらしべ長者って知ってるかい」
「だんな様も人が悪い。あたいが昔話が好物だってことを知ってるくせに」
「おいおい、初耳だよ」
「えっ、そうでしたか。今朝も『うさぎとかめ』をおかずに一杯ひっかけてきたところで」
「おめえは、何でもおかずにしちゃう奴だな。このあいだは、確か『牡丹灯篭』をおかずにしてなかったかい」
「ええ。だんな様の食卓にでるおかずが、あまりに少ないんで」
「何言ってんだよ。うちのメシがまずくて食えねえってのか」
「冗談ですよ、冗談。嘘からでた真ってことわざもあるじゃないですか」
「やっぱり、少ないんじゃねえか」
「まあ、正直者のあたいとしては嘘はつけません」
「まったくおめえは変な奴だな。まあいいや。うちのおかずが豪勢になるかどうかは、おめえにかかってるんだ」
「どういうことでしょう」
「わらしべ長者は、旅から旅をかさね、わら1本から大金持ちになったという話だ」
「まったく、運のいい奴で」
「まあ、運も実力のうちって言うだろ。それに、運だけじゃなかなかこうはうまくいくもんじゃないよ」
「いえいえ、まったくの運。すべては運。100%運ですよ」
「ずいぶんはっきりと言うじゃねえか。じゃあ聞くが、与太郎、おめえには運がねえのかい」
「運がいいか悪いかは、結果が決めるんです」
「ほほう。おもしれえこと言うじゃねえか。なんだか自信がありそうだな。じゃあ、おめえにわらを1本やるから、わらしべ長者と運比べしてみねえか。うまくいけば、ご馳走にありつけるぞ」
「ご馳走! ああ、なんという懐かしい響き。ここしばらく見たことも聞いたこともございません」
「貧相なメシで悪かったな」
「別にそういう意味では」
「ねえのかい」
「なくもねえ」
「やっぱり、そうじゃねえか。そんなことはいいから、やるのかやらねえのか」
「ご馳走のためとあらば、やらぬわけにはまいりますまい」
「じゃあ、おめえにわらを1本やる」
「だんな様。わらしべ長者の時代とは物価も違います。ここは、一つ奮発して」
「何が欲しいんだい」
「馬一頭」
「バカだね、与太郎。馬1頭あれば、ご馳走ぐらい楽に食べれるじゃねえか」
「だめですか」
「あたりめえだろ。第一、馬なんか持ってって何に変えようってんだ」
「あたいが馬を引き連れてますと、絶世の美女が声をかけてきます」
「なんで、おめえなんかに声をかけるんだよ」
「『まあ、素敵なお馬さんだこと。そのお馬さん、私にもらえはしませんか』てな具合で物語は始まる」
「おいおい。長者になる前に物語が終わっちまうじゃねえか」
「まあまあ、だんな様。もうしばらく、聞いていてください。『娘さん。差し上げてもよろしいが、タダってわけにもまいりません。何か、交換してくださるものをお持ちではございませんか』」
「馬と交換できるようなものを持ち合わせている奴は、そうはいねえだろ」
「『まあ困ったわね。持ち合わせは、このみかんしかないんですけど』とかわいい手でみかんを差し出してきた」
「なんでえ、みかんってのは。金のみかんかい、それとも銀のみかんかい。まさか、鉄のみかんってこたあないだろうな」
「だんな様、金の斧、銀の斧じゃありませんよ。あせっちゃいけません。『よろしいでしょう。では、この馬とそのみかん、確かに交換いたそう』」
「おいおいおい。馬がみかんになっちまったじゃねえか。どうするんだよ」
「しばらく歩いていくと、このみかんにアブがたかってきやがった。どうやら、腐りかけのみかんだったらしい」
「おめえも、つくづく運のねえ奴だなあ」
「みかんだけではなく、アブまでもらってしまった。これは幸先が良い」
「どう見ても悪いだろ」
「アブのたかったみかんを持って歩いていると、子どもが面白がって、アブのたかったみかんが欲しいと言う」
「そうそう、そうこなくっちゃな」
「子どもの母親が、『汚いみかんだね。こんなものを欲しがるんじゃないよ』と言いながら、わらでアブをおっぱらっちまった」
「おいおい、ひでえことするな。数少ない持ち物を」
「あたいの手に残ったのは、腐ったみかんだけ。と思ったら、母親が落としていったわらが落ちていた。腐ったみかんは持っていても仕方がねえから捨てちまって、あたいの手に残ったのはわら1本」
「馬がわらになっちまったじゃねえか。どうするんだよ」
「これにて、おしまい」
「おい、与太郎。わらしべ長者はどうなったんだい」
「わらになったところでしめえです。しゃあない話です。まったく、わらしめえしゃあないの物語なんて」
「何言ってんだよ。馬1頭がわら1本になっちまったじゃねえか。おめえには、わらしべ長者は無理なようだな。このぶんじゃあ、当分ご馳走にはありつけそうもない」
「じゃ、今度は牛1頭で」
「無理、無理、無理。どうせ、わら2本になるのが関の山」
「そんなことはございません」
「へえ。じゃ3本かい」
「いえ、ざんまいで」
「なんでえ、ざんまいってのは」
「牛1頭あれば、焼肉、すき焼き食べ三昧でございます」


おあとがよろしいようで…