ショートショート

特効薬 by 夢野来人

「先生、クシュッ。何とかなりませんでしょうか」
涙目をしてくしゃみをしながら、男は必死に医者に訴えていた。
「そりゃあ、最近の薬の進歩は著しいものがありますからね。花粉症にだって特効薬がないわけではありません」
確かに昔に比べれば薬の効き目は素晴らしい。
「えっ、本当ですか! くしゃみ鼻水鼻詰まり。涙目から痒みまで治るんですか?」
「はい、完璧に治ります」
そこまで言い切るとは、よほど効果には自信があるようだ。
「誰にでも効くんですか?」
「臨床例では、ほぼ100パーセント」
そんなうまい話があって良いのか?
「では、その薬を処方してください」
もちろん、そうなるだろうなあ。
「ただ、人によっては副作用が…」
やっぱり、何か裏があるんだ。
「ま、良薬は口に苦しとも言いますし、花粉症の症状さえ治れば、多少の副作用は我慢しますよ。先生、お願いします。その特効薬を処方してください」
男は必死に頼み込んでいる。
「本当に良いんですね」
「もちろんです。このままじゃ、夜もオチオチ寝ていられないんです」
「わかりました。では、1週間分、お薬を出しておきますので、1週間後にまた来てください。お気に入られたら、また1週間分差し上げます」
「もう、先生ったら、もったいぶっちゃって。どーんと1ヶ月分出してくれても良いのですよ。な 何なら1シーズン分でも」
この男、花粉症の症状が治ると聞いて、随分と気が大きくなっているようだ。
「では、また来週」

***  1週間後  *****

「先生、酷いじゃありませんか」
「おや、効きませんでしたか?」
「いやいや、飲んだ途端、くしゃみ鼻水鼻詰まり、涙目から痒みまですっかりどこかへ消え去りました」
「良かったではないですか」
「ただ…」
「どうされたのですか。多少の副作用など我慢なさるとのことでしたが」
「昼間は快調そのものなんですけど、夜ぐっすり眠れないんです」
「でも、花粉症の症状は治ったのですよねえ」
「ええ、問題は、寝ると夢を見てしまうんです」
「まあ、そのぐらいのことは我慢していただかないと。副作用は、確か悪夢と書いてありましたので」
「ああ、やっぱり」
「どうされたんですか?」
「夢の中では、今までの何倍もひどい花粉症になっていて、とても眠れたものでは…」


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