ショートショート

ワイフロイド1号   by 夢野来人

世の中便利になったもので、なかでも音声認識装置の発達により、電化製品をはじめありとあらゆるものへの指示命令が音声によって行えるようになった。
 ただ、お値段はといえば、ぴんからきりまであるので、注意が必要だ。会話まで楽しもうと思うと、かなり高性能なものが要求される。
 現在、究極の製品と呼ばれているのは、ワイフロイドという汎用人型おしゃべり機能付きアンドロイドである。
 女性の自立が進むかたわら、男性はいつの世でも手のかかるもので、自分の世話をしてくれる存在がいないと、なんとなく落ち着かない。そこで開発されたのが、ワイフロイドというわけだ。これが発売以来たいへんな人気で、全男性あこがれの商品であり、購入するのも順番待ちの状態だ。
 そして、ついに私にも順番がまわってきて、今日がその商品の到着する日である。


「佐々木さ~ん。お届けもので~す」
 さあ、来たぞ、来たぞ。この日を待ちに待っていたんだ。
「は~い。今行きま~す」
 とうとう手に入れたぞ、ワイフロイド1号。私は胸をおどらせ、さっそく開封することにした。
「ほほう。これが噂の商品か」
 このワイフロイド、なかなかの美形である。なにはともあれ、スイッチをオンにする。
「はじめまして、私をご指名いただき、、誠にありがとうございます。なんなりと、ご用事を申し付けください」
「なんて上品な言葉使いなんだ」
 最近聞きなれない話し方に、思わず感激してしまった。
「ええと。それでは、まずは自己紹介…」
 と言い始めたところで、ワイフロイドは反応した。
「まずは、初期登録を行ってください」
「そうか、そうか。コンピュータだからな。初期登録は必要だろうな。でも、何をすれば良いのだろう。取扱い説明書のたぐいは何も入っていなかったぞ」
 私の不安な気持ちを察するように、ワイフロイドは応えた。
「ご依頼主登録をしてください」
「なるほど、なるほど。こいつが、案内してくれるんだ。これなら、取扱い説明書もいらないな」
「ご依頼主登録をしてください」
「わかった、わかった。私の名前を言えばよいのかな」
「本名でも、ニックネームでも、何でも結構でございます。私に、何と呼ばれたいかを登録してください」
「そうか。何と呼ばれたいかということか」
 私はしばらく考えた末、一度は呼んでみてもらいたかった言葉を選んで入力した。
「ご依頼主登録オーケーです。では、ご主人様、次に………」
 私の選んだのは『ご主人様』、ああ、なんと心地良い響きであろう。その他、初期登録の項目は多岐にわたり、依頼主の趣味、性格、好き嫌いなどひととおりの登録を終えるだけで、約一週間かかった。しかし、面倒くさいなどと思ったことは一度もなく、なんだか新婚気分を味わっているようで、妙に新鮮な一週間であった。
「ご主人様。これで、すべての初期登録は完了いたしました」
 そう言ったワイフロイド1号は、少し悲しそうな表情に見えた。
「どうしたんだ。気分でも悪いのか。それとも、何か気にさわるようなことでも言ったか」
 ワイフロイドに感情などあるはずもないが、私の方には、すでに愛情にも似た感情が芽生え始めていた。
「ご主人様。私はそろそろ、おいとましなくてはなりません」
「突然、何を言いだすんだ。何か、私に不満でもあるのか」
「めっそうもございません。ご主人様は、私が出会ったなかで最高のお方でいらっしゃいます」
 それもそのはず、このワイフロイドの出会った人間といえば、私しかいないからである。
「では、何が気に入らないというんだ。それとも、賞味期限でもあるというのか」
「私は、アンドロイドでございます。賞味期限などあろうはずはございません。ただ…」
「ただ、何だ?」
「私にプログラミングされているのは、初期登録をするところまででございまして…」
「何だって? これから、楽しい生活が始まると思っていたのに」
「ご主人様。心配にはおよびません。続きを楽しんでいただく方法がございます」
ワイフロイドは、ニコッと微笑んだ。もう、かわいくてたまらない。
「何でもいうことを聞くぞ。どうすれば、良いんだ」
「私の胸についているボタンを押しながら、『ツイカ』と叫んでください」
「胸のボタンを押しながら…」
相手がアンドロイドとはいえ、何だか恥ずかしい。
「ツイカ。これで良いのか」
「ありがとうございます」
「すると、どうなる?」
 ワイフロイド1号はとびっきりの笑顔で答えた。
「ワイフロイド2号が届きます」