Mirubaのワルツィングストーリー

夏の暑い風   by Miruba

♪太陽がいっぱい <このページの下のyoutubeでお聴きいただけます>

翔と舞は高校の夏に知り合った。


翔はスポーツマンだ。
海で生まれ、山を好み、歌を愛した。


サーフィンも得意だが、ハイキングにもよく行った。
舞は何時も付き合う。手作りのお弁当を食べてもらうのが嬉しかった。


翔は自転車で何処でも走る。耳を横切る夏風が心地良い。
自転車に乗れない舞を荷台に乗せて土手を行き風を感じた。


オートバイを手に入れた時、ヘルメットは最初から2つだった。
広くなる翔の背中を胸に感じ、舞はその逞しさに安心する。


次にスポーツカーの助手席に舞を乗せフリーウェーの風を分ける。
2人とも大学生になっていた。


今度はパラグライダーに乗せてやると言いだす。


「風を体中に受けることが出来るよ」
「イヤ、私は高いところは嫌いだもの」


翔は舞を残し一人で空を楽しんだ。
風に乗り、
季節風に浮かび、
パラグライダーで地上ぎりぎりを滑る。


「危ないからやめて、お願いだから風が暴れるときはやめて」
舞はいつも、そう言ったのに。
大気が揺れ渦巻きになった南風。最愛の仲間だった風の裏切りに遭い、翔は頭から雑木林に突っ込んだ。


翔は車椅子の生活になった。
24歳だった。


スポーツマンだった翔は、歩けない現実に耐えられない。自分の心の闇に入り込み風を避ける。
海を愛さず、山も見ず、歌さえ歌わなくなった。
いくら慰めても励ましても、
叱っても腹を立てても、
涙しても願っても、
翔の硬く閉じた心を開かせることは出来ない。


若すぎた舞は、人の心を無理やり開かすことが愛の力だと信じていたから
裏切られた思いで翔から逃げ去った。






20年が過ぎていた。
舞はイギリスにいる。
仕事もとっくに慣れた。
数年前からボランティアにも参加している。


Wheel Chair DanceSportという団体だ。
健常者と障害を持った人が一緒に踊るコンビスタイルの社交ダンスを踊る組織だが、現在20カ国以上の参加があり世界選手権も行われている。


車いすの人はウィルチェア・ドライバーという。
舞は、スタンディング・パートナーとして2年前からマイクと踊っている。
マイクの奥さんはダンスが苦手で何時も応援団長だ。




ドイツでの夏季世界選手権に参加していた。
フロアーを力強く回転する車椅子の選手がいた。
パートナーは少し年配の女性だったが、美しく踊っている。


舞はそのカップルに釘付けになった。


「似ている」
プログラムの名前を見た。日本選手の中に翔がいたのだ。
20年ぶりに見る、逞しさの蘇った翔が、風を切って回転していた。会場から歓声が上がる。




次のヒートは一緒になった。
同じフロアーにたった翔と舞。




翔も舞に気がついた。
お互い笑顔で目を交わす。
一緒に風に乗り踊っている気分だった。


翔と舞を、夏の暑い風が通り過ぎた。


写真:TechnophotoTAKAO テクノフォト高尾
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