Mirubaのワルツィングストーリー

奪取II 別れの足音 by Miruba

♪ショパン 別れの曲 <このページの下のyoutubeでお聴きいただけます>



明の両親は社交ダンス教室の教師だった。
最初の記憶は、競技会場で遊んでいるところだったが、明が小学校に入るころには、両親は競技からは引退をして、教師一筋だった。内気だった明は、乱暴な友達たちと遊ぶより、教室に通う大人達にちやほやと可愛がられるほうを好んだ。
見よう見まねでステップを踏むと両親の生徒たちが拍手をしてくれるのがまた気分良かった。


ジュニアの選手権に出てみるとあっという間に優勝したりするので両親もその気になったのだろう。英才教育が始まり、練習に厳しくなった。そうなると天邪鬼の明は、すっかりダンスをする気を失ってしまうのだ。何回もエスケープ騒ぎがあり、両親はダンスに関して何も言わなくなった。


それでも、学生のときは学連に入り、地区大会で何度も優勝した。
明のパートナーが両親の教室に習いに来ていたこともあり、そのまま結婚した。彼女は何より母親のお気に入りだった。


競技に出るのならイギリスの留学は必須だという両親に言われ、外国に遊びに行けるからと、ダンスは2の次のつもりで夫婦でイギリスに勉強に行った。
だが、当然のことながら両親の庇護のもとぬるま湯のレッスンしか受けてこなかった明には厳しすぎて付いていけなかった。
女房であるパートナーは毎回褒められるので有頂天だ。パートナーの実力のほうが上だとまで言われた。


天邪鬼の明はすっかりやる気を失っていたが、レッスン料がもったいないので、渋々受けていた。
ダンスアカデミーの生徒が競技会に出るというので見学に行くことになった。
イギリスの地方の競技会場だったのだが、そこで女性のヘアーを担当する日本人と出会った。それが、美沙だった。


社交ダンスの女性のヘアーは踊っているときに髪が乱れてはいけないので専門家に頼むことも多いのだ。美沙ははたまたま参加したアルバイトだと言うことで、すぐに日本に戻るのだということだった。
一目ぼれした明が美沙と恋に落ちるのに時間はいらなかった。
どちらからというのではないが、しいて言えば価値観が似ていたというか、肌があったのだろうと明は思った。
日本に戻ったあと、離婚に承知しない母と妻を残し、巴里に行くという美沙と日本を飛び出したのだった。




それから10年がたった。
美沙も最初はダンスをやってくれて、3年後にはスイスのローザンヌの競技会では3位にまで食い込んだ。
だが、それっきりだった。背の高い外国人選手の中にあっては、どうしても見劣りするのか、ファイナルに残るのがやっとだった。
仕事の忙しくなった美沙は、明が創めた移動ダンス教室の世話はしてくれたが、すっかり競技ダンスからは遠ざかってしまったのだ。
もともとヘアー専門の仕事を持ってるので、社交ダンスはどうしても趣味の世界でしかないようだ。それが明には歯がゆかった。つい、小言を言ってしまう。反発がある。小さな諍いが、増えていった。
ダンスを踊っているうちは、これ以上ないと思われた二人の関係が、ダンスという二人をつなぐ子供のような存在が無くなると、一気に相手の魅力が失われたような気になったのだった。


それでなくとも、二人でいる時間も、美沙はインターネットに夢中になりパソコンから眼を離そうとしない。
何をしているのか見ようとすると、わざとらしくページを変えたり、「覗かないでよ」とすごい剣幕で怒ったりする。
気の会う男がメル友らしく、ニタニタ笑いながらパソコン画面を見ている美沙を見ると腹が立った。


美沙が仕事で留守のときに、パソコン上の履歴から「コラムサイト」というネットサイトを見つけた。


読んでみて、頭が真っ白になった。
美沙が投稿をするときに使っているハンドルネームの作品があったのだ。
そこには明との関係ではない情事の短歌が読めた。


なんてことだ。


誰も頼るもののないこの巴里で、一生懸命に頑張ってここまでやってきたというのに、誰のせいで家族を捨てたと思っているんだ。
明は拳骨で壁を殴った。こぶしから、血がしたたった。


帰ってきた美沙をなじった。つい、当り散らす。
だが、美沙はどこまでもとぼけるのだった。
自分がこんなに愛しているのに・・・


心の離れた美沙を抱くとき、つい乱暴になる。
無理やり肌を合わせているような空しさを感じ、涙がにじんだ。愛しているのに・・・


日本を捨てたときのように、巴里を捨て去ろうかとも考えたが、生活基盤の出来たいまでは、日本で暮らしていけるのかという不安も心をよぎるし、なにより生徒たちへの責任もあり、若いときのように勝手は出来ないと自重する自分もいた。


そんな折、母が具合が悪いと聞き、明は親不孝をわびるつもりで急ぎ帰国したが、待っていたのは、元気な母親と、前妻だった。
籍はとっくに抜いてあったが、前妻はずっと両親の経営する社交ダンス教室で新しいリーダーと運営の手助けをしてくれていた。
この際だから前妻に教室の経営を譲りたいというのだった。もし明がやりたいのなら、引き継いでくれてかまわないという。
明は、直ぐには返事が出来ないでいた。






美沙に相談しよう。


それなのに、美沙は相変わらずパソコンの前にいた。
何が気に入らないのか、空港に迎えにも来なかったのだ。


仲直りしたいと思ってパリに戻って来た筈なのにまた、口げんかになってしまった。
部屋を飛び出していった美沙。


美沙のぬくもりのある椅子に座り、見るとはなしにパソコンの画面に眼をやると、そこには問題の「コラムサイト」が表示されたままになっていた。


やはり、あいつはここで書いていたのだな。
腹立ちが再びこみ上げてくる。
明は美沙の作品を探した。
すぐに見つかった。美沙はなんと本名で投稿していたのだ。


え?では、あの官能短歌の時のハンドルネームは?自分が勘違いしていたのか?


明は、美沙の心が書かれエッセイを見た。
明との毎日が、面白おかしく書かれてある。
一気に読んでしまった。
美沙が、どれほど自分を慕ってくれていたのか、判った気がした。


美沙のことが急に心配になってきた。だが、どこに行ったのだか判らない。


明は、寒くなった巴里の空を眺めた。


写真:TechnophotoTAKAO テクノフォト高尾
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