Mirubaのワルツィングストーリー

スイカズラの恋 by Miruba

♪忍冬 <このページの下のyoutubeでお聴きいただけます>

「だめだ、もうだめだよ、全然上手くいかない」


崇が社交ダンス教室の練習場から事務室に入ってくるなり、ソファーに身を投げ出すように座りながら言った。


「ふ〜ん、またなの?」私は最後の集計をしながら、顔も上げず気のない返事をした。


「ね、しのぶ、頼む!他のパートナーさん、先生に見つけてくれるように頼んでよ」


「はいはい」
この人の我が侭をきいていては時間の無駄だ。集計を終えた私は帰り支度を始めた。


「ね、真面目に聞いてよ。純さんとはやっていけないって、いつもぶつかっちゃうんだよ」


「あのね崇、純子さんはA級選手のパートナーさんだったのよ。上手くいかないのはあなたが悪いんじゃないの?」


「だってさ、自分勝手に動きすぎだよ。パフォーマンスばっかり派手でさ。社交ダンスは二人で創造するものだよ。
なのに僕のリードなんか感じる気なんかさらさらないんだよ」


「は〜崇、あなたさ、前のパートナーの由紀ちゃんのときはなんて言ったのよ。
『人形じゃあるまいしリードをしっかり確かめて動くからテンポが遅くて運んで踊らなくちゃいけなくて重い。
踊りは男女フィフティーフィフティー、女性はもっと意思を持って踊る人がいい』って言ったのよ。」


「あ〜あの子はお話にならないけどさ」


「それだって、何年あなたと組んでたと思うの。一緒に歩んできた同志でしょうよ。
その前の良子さんだって、まともに踊れないあなたを随分根気良く仕込んでくださったわ、それなのに・・・」


「そりゃ下位のときはあれでよかったさぁ。でも今はもっともっと上を狙わなくちゃいけないだろう?」


「だ・か・らー、たまたまカップル解消してフリーになった純子さんをお願い出来たんじゃないの。
普通なら崇君となんか組んでくれないよ。」


「それそれ、それなんだよ。お高く留まっちゃってさ、上手くいかないと、自分が先走るくせに、
『前のリーダーは勘がよかった』とか行って、僕と比べるんだぜ、頭くるよ」


「そのくらい我慢しなくちゃ。実際レベルが違うんだからしょうがないじゃないの」


なんとかなだめすかしたものの、この分だと三行半を押し付けられるだろうなと思った。
崇ではなく、純子さんのほうからね。


気分を落ち着かせる為に、いつものマスターの店へ行く。カクテルを飲ますジャズバーだ。
散々愚痴ったら気が済んだのか、崇は明日のレッスンがあるからとジュースを飲んで帰っていった。
マスターが3杯目のラム・コリンズを私の前におきながら、


「しのぶちゃんと崇君も随分と長い付き合いだね。しかし、いいコンビだ。お似合いだよね」というので、


「やめてよ、マスターったら。あんなのとコンビだなんて勘弁だわ、ただの中学のときからの同級生だもん」と私は笑い飛ばした。






次の日は中ホールでフランダンスのミニ発表会があるので私は朝早くから練習場に出勤した。
先生や照明の人たちと打ち合わせをするためだ。


私のビルは貸しダンス練習場をやっている。社交ダンスやジャズダンス、コンテンポラリー、
クラッシックダンス、フラダンス、フラメンコなどダンス一般の練習場の他にも、大中のホールがあって、
パーティーも出来るし、お料理教室やパソコン教室などカルチャースクール、それに喫茶店もある多目的ビルだ。


オーナーの父は社交ダンスの教師だが今は主に競技会の審査員やダンススポーツ協会の行事、外国人選手の招聘などで忙しく、
会社の運営は私と、義母で行っていた。
義母は父のダンスのパートナーで、私の母が亡くなったあと、後妻に入ってもらった。


今は別に気にならないが、昔は父とパートナーさんの関係で苦悩する母をそばでみていたので、
私自身はダンスをする気にはなれないのだった。


教室の実質経営者だった母が、生前「これからは社交ダンスのお教室だけでは経営が立ち行かなくなる」
と心配し、カルチャースクールにしたいと、ビルに建替えたものだった。
母の心配どおりになって、スポーツダンスと呼ばれている社交ダンスが、すっかりマイナーとなりつつある。
お教室を持ちたくとも持てないプロの先生達がうちの練習場を使って、生徒さんたちにレッスンをしているのが現状だ。
父が教室を始めたころは、ジルバのクラスだけで100人はいたというから、一種男女の出会いの場になっていたのかもしれない。




レッスンの終った自分の生徒さんをにこやかに送り出した崇が、ダンスパートナー純子さんとの練習を始めていた。
しかし、そのうち二人の言い争いが聞こえてきた。
その言い合いがあまりに激しく廊下まで聞こえたので練習場を覗いてみると、
他の先生方や、競技選手たちが踊りを中断して二人を遠巻きに観ている。
純子さんが泣きながら走ってきた。


「しのぶさん、もう私彼とは踊れませんから」止める私を振り切って、更衣室にはいってしまった。


「崇先生、ちょっといらしてください!」
私は他の先生の手前もあるので、崇を手招きした。渋々私のほうへやってくる。
ったく・・・私は、舌打ちしたい気分だった。


散々言いたい事を言って毒づいていただろう崇はしかし、すっかりしょげ返っていた。
マスターのところで、いつもはダンスに良くないといって飲まない崇が、バーボンをロックで飲んでいる。
「バーボンだなんて、10年早いよね?マスター」
私がおどけた風に言ってみても、いつものように反抗してこない。


「後期の競技会、もうだめだ・・・」崇は肩を落とす。


「どうするのよ。・・・・仕方がないわね。新しいパートナーさん見つけてあげるから、心配しないで」


崇は、黙っていつまでも飲んでいた。






生徒さんのレッスンは毎日こなしている崇だったが、純子さんが現れなくなってから10日ほど経っていた。
話があるという崇と、いつものようにマスターの経営するジャズバーのカウンターに二人で腰掛けた。




カウンターの端にスイカズラの鉢あった。
その白い可愛い花から甘い香りが漂ってくる。


「マスター、スイカズラの鉢植えなんて珍しいのね」


「ああ、かみさんが好きでね、今年は早めに咲いたからって持ってきたのよ。しのぶちゃん、スイカズラの花言葉知っている?」


「さぁしらない」


「花言葉は『愛の絆』っていうんだよ」マスターは崇と私を交互に見、ウインクして言った。


「へー素敵ね」


私たちはそれぞれに飲み物を頼む。


シー・ブリーズを頼んだ。
瑪瑙のサードニクスと同じ色のカクテルだ。サードにクスと言う石は同じ色がないところから、恋人の結婚運を占うという。
崇は相変わらずダンスにアルコールは良くないというのでノンアルコールのフロリダを頼んだ。
淡いオレンジで、二人のカクテルは色が似ていた。




やっと崇が口を開いた。




「しのぶ、純さんのことなんだけどさ」


「うん、パートナー解散ね。判ったよ。次の人、大先生にお願いしてみる、今度の人選は大変だけれどね」


「いや、そうじゃないんだ」


「うん?」


「僕ね、純さんと結婚するよ。一緒に自分達のダンスを高めようって話し合ったんだ」


「・・・」


私は、一瞬喉がカラついた。


「あ、・・あ、そうなんだ。それはおめでとう。よかったじゃん。そっか、結婚ねぇ」








喧嘩したあと、純子さんのいなくなった現実を目の前にして、初めて彼女の大切さに気がついたという。
純子さんも、崇のことが好きだったらしい。


なんだ!脅かさないでよと、照れる崇の肩を、私は思い切り小突いた。


全く、散々喧嘩して文句言って、屈折したあの態度はなんだったんだ。
小学生の男の子じゃあるまいし、好きな子のスカートめくりしている心境だったのだろうか。




乾杯しよう!とマスターがシャンパンを開けてくれた。




お祝いのシャンパンが利いたのか、私はカウンターで酔いつぶれていた。
崇はとっくに帰っていた。純子さんの家に行くといっていたから、今頃・・・


マスターが私を覗き込んだ。


「なんだ、起きていたのか。そろそろ閉めるよ。しのぶちゃん自分の気持ちに嘘をついていると辛いだけだよ」


「何いってるのよマスターは。わけわかんないわ。いいの、・・いいのよ私はずっと友達でいいの」


涙が、一筋頬を伝わった気がした。




次の週末教室のパーティーが大ホールで行われた。
崇と純子さんのデモンストレーションと、婚約が発表されることになっている。






崇と純子さんは、息もぴったりで、惚れ惚れとするような踊りを踊っていた。


ブラボーの拍手が溢れるなか、私はお祝いの花束を持ち、笑顔で二人の前に進み出た。
<了>