小説(三題話作品: なす ゆかた 選挙)

ジャングルブッコのひとりごと 
by 夢野来人

私の名はブッコ。仏の子っていう意味かだって。そいつはわからないねえ。ただ、生まれた時からブッコって呼ばれてるんだよ。まあ、名前なんてどうでもいいじゃないかい。それより、もっと奇妙な話を聞いておくれよ。
私はジャングルで生まれたんだか、どこかで生まれてすぐにジャングルに来たんだかわからないのだけれど、物心ついた時にはここにいたのさ。
ジャングルの中じゃ、食い物にすら困っただろうって。いやいや、それが優しい親代わりのような動物がいてねえ。何でもしてくれたのさ。私が今生きていられるのも、彼らのおかげなんだよ。
その動物とは、聞いて驚くんじゃないよ。えっ、何だって、どこかで聞いたことがあるって。おいおい、そんじょそこらのマユツバものの話じゃないよ。何だって何だって、そいつはオオカミだろうって。バカをお言いじゃないよ。オオカミが自分の子じゃない動物を育てるなんて話は、よくある話じゃないか。アニメにだってあるし、実写にだってなってるじゃないか。
そんなものじゃないよ。一度しか言わないから、よおくお聞き。私を育ててくれたのは、ヘビなんだよ。大蛇だよ、大蛇。
今度は何だって。ヘビじゃ、冬になると冬眠しちゃうから育てるなんてできないだろうって。ちょっと待っておくれよ。ここはジャングルだよ。ジャングルに冬なんてないだろ。
でも、ヘビは冷血動物だから冷たいだろうって。冷血っていうか変温動物なんだよ。だから、外気温が高いところでは体温も高いわけさ。それでは、暑くてくっついていられないだろうって。そこまで暑くはないさ。肌触りは、やっぱり冷んやりしたもんさ。
じゃ、寒い時に困るだろうって。そんなときのために、お風呂があるんだよ。ジャングルにお風呂があるなんて聞いたことがないだって。そりゃ、言う奴がいないだけさ。高温で温められた水たまりなんて、まるでお風呂のようなものさ。それに、入浴の時でさえ、ヘビさんは親切なんだよ。かけ湯をしてくれるんだ。
ヘビさん、ヘビさん、お湯かけてくれてありがとう。今度は湯を背中にかけておくれ。次は、湯肩(ゆかた)にかけておくれ。ってな具合に、至れり尽くせり。お腹が減ったと言えば、直ぐに食べ物を持ってきてくれる。しかも、私の好物ばかり。おかげで最近は、やや太り気味だよ(笑)
親切といえば、食べ物をくれるのは私だけじゃないんだよ。私みたいなのが、まだまだいっぱいいるんだよ。っていうか、いなす(なす)ったものさ。
何で過去形かだって、それが最近少~しずついなくなるんだよ。まあ私たち、食べ放題の怠け者だろ。太り過ぎた頃にいなくなっちまうんだよなあ。ちょっと健康を害してるんだろうねえ、きっと。
私も気をつけないと血糖値が上がっちゃうかもしれないねえ。くわばら、くわばら。
えっ、今度は何だって。ああ、住んでるところかい。今は沼地のようなところだよ。水もあるし、浅瀬はお風呂のようなもんだしねえ。
えっ、いやだねえ、何を知ってるって言うんだい。私もいずれいなくなるぞって。そうかもしれないねえ。でも、私は幸せもんだよ。ヘビさんに育ててくれたおかげで、こんなにも長生きできたんだ。
何だい、おまえさんはヘビさんのことが嫌いなのかい。ほほう、その昔、お前さんたち亀一族は、この辺の沼地に住んでいたのかい。平和に暮らしていたところ、ヘビが襲ってきてこの沼をぶんどっちゃったって言うのかい。まさか選挙もせずに占拠とは、それは信じられないねえ。あんなにも親切で優しいヘビさんたちだもの。何しろ私たちカエル族には、たらふく物を食べさせてくれるんだから、、、
《了》