小説(三題話作品: なす ゆかた 選挙)

だれが一番 by k.m.joe

国民的アイドルグループABC48の人気度を競う総選挙の時期がやってきた。今回の選挙で一位を取った娘は、新曲「浴衣でアモーレ!」のセンターを務めるという、毎年恒例の趣向である。
 
だが、今年は妙な「都市伝説」が流れていた。ライブやテレビ番組を観たファンから、メンバーが一人多いんじゃないかとの声が上がっているのだ。ネット上で広まった画像には、確かに49人映っている。しかし、問題のメンバーの顔まで確定出来ないのだ。正規のメンバーも、心当たりはないと言う。
 
結局、若干失速気味の人気を回復させる為の話題作りだろうと落ち着いた。総合プロデューサーの安元昭男が企てそうな事でもある。
ついに、総選挙当日。某テレビ局は人気司会者を登用し、完全独占生中継という気合いの入れようだ。新曲に合わせ、メンバーは色とりどりの浴衣姿で客席最前列に勢揃いし、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。安元も同じ列に並んでいた。元々表情が豊かな人間ではないが、緊張しているのか、やけに無表情に見えた。
 
ステージ中央には演壇がセッティングされ、鮮やかな花々が背景に設えてあった。その背後に大型スクリーンがあり、喜びの表情を大写しにする。ニコニコ動画風のファンのコメントも画面に流れていく手筈だ。
 
司会者席は斜め後ろに下がった所。盛り上げるポイントになると、中央まで出てくる予定だ。客席の安元からはほぼ対角線の位置になる。発表は、21位から48位までを紹介する形でスタートした。ご丁寧に一人一人名前の書かれた封筒をアシスタントの女性が持って来て司会者がおもむろに開けて読み上げるパターンだ。司会者もアシスタントも浴衣姿という徹底ぶりだ。会場が徐々に盛り上がってきた中、48位まで終わり、いよいよベスト20となった時、アシスタントがもう一通持って来た。「早いよ~」と司会者がミスを笑いに変えようとした所、封筒の表が見えた。
 
49位。アシスタントの女性はにこやかな表情のまま。
 
司会者は安元を見た。相変わらず無表情で、少しも動かない。
 
おいおい、無視するのかよ。俺に断りもなく何か企んでやがるな、よし、乗ってやろうじゃないか。
 
司会者は、高々と封筒を掲げ、「おーっと皆さん驚きです!49位の封筒があります!どういう事でしょうかね~。新人さんのお披露目かな?」
 
司会者はニコニコしながら中を見たが、強ばり気味の顔付きでメンバーが並ぶ客席前列を右から左へと眺めた。
 
「えぇと、宮沢めろんちゃん・・・」
 
在籍しているメンバーだった。めろんちゃんは毎年最下位を争っている。ところが今年は最後まで名前を呼ばれず、嬉々として待っていたのに、まさかの49位。彼女は一度立ち上がったものの直ぐに失神した。
 
めろんちゃんが担架で搬送された後、会場の雰囲気は一挙に曇った。司会者は人騒がせな演出にムカムカしながらも、進行に集中した。だが、メンバー達は呆然としたままだ。残り20位を19人で争う・・・あるメンバーは人数を何度も数えていたが、やがて頭を抱えた。それでもプロ意識のある娘たちで、呼ばれる度に壇上に上がりコメントは試みた。しかし、途中でこけたり、笑顔がひきつったり意味不明の言動も出てきて散々である。大画面のコメントも不安を煽るようなものが徐々に増えていった。そしてある時から全くコメントは流れなくなった。
 
常に一位争いをしている篠原りのと田辺るるは、二人抱き合って青ざめている。
3位、田辺るる。
 
るるは一人で動けず、りのが付き添うような形で二人してステージに上がった。「次、私でしょ私でしょ」りのは一刻も早く終わらせたかった。「ちょうだいちょうだいちょうだい」るるを抱き締めながら、司会者に手を伸ばした。彼もさすがに怒りを抑える事が出来なくなった。2位の封筒の中を見て、名前も呼ばずりのに渡した。「落とし前つけてやる。休んでなさい」
 
彼は安元の前へ行き、「一体どういう事だ!説明してくれ!」と意気込んだ。だが、安元は反応なし。まるで、そう、まるで、魂が抜けているようにさえ見えた。
 
仁王立ちの司会者の元に、アシスタントが何事もなかったかのように封筒を持って来た。当然の如く「1位」と書かれている。憮然としてアシスタントを睨むが、この娘には関係ない事だと冷静さを取り戻し、司会者は舞台中央のテーブルで名前を読み上げた。
 
「那須・・・那須清美さん」司会者はその名を知らなかったが、メンバーは全員表情が固まった。彼は封筒をテーブルに叩きつけ、司会者の位置に戻った。
 
やがて、ふらふらしながら、安元が舞台に上がってきた。那須清美とは、あるメンバーが病気療養を理由に脱退話が出た時、ABCへの加入が約束された娘である。「なす美」という愛称まで決まっていた。結局メンバーは戻りご破算になった。清美は納得いかず、ABCでなくてもアイドルとしてデビューさせるよう安元に訴えた。だが、安元は逆に彼女を威嚇し、セクハラまがいの行動にまで出た。全メンバーにはシカトするよう命令し、従わなければメンバー交代どころか、まともに世間を歩けなくしてやると脅した。清美は失意の中、自ら命を絶った。この話は全く表に出ていない。
 
壇上の安元が口を開いた。呻き声のようなか細い声で、「これで・・・終わり」。途端に大型スクリーンに例の49人のネット画像が流れ始めた。しかし今回の映像は顔が分からなかった娘にズームアップしていく。やがて、満面に笑みを湛えたなす美の顔が大写しになると、メンバーから異常な叫び声が次々と上がった。安元はテーブルにうっ伏している。
 
なす美の顔を見て、司会者も声を上げた。思わず脇を見ると、少し離れた所にアシスタントの女性が神妙な顔をして立っていた。
 
「キミ・・・」もう一度画面を見たが間違いない。同じ人物だ。なす美は縋るような眼差しで厚みのある封筒を司会者に手渡した。わずかに触れた手がとても冷たかった。「これを、どうかお願いします」。彼女は二、三歩下がり深々とお辞儀をした。そのままの姿勢で輪郭がぼやけ始め、やがて靄のように消え去った。中央の画面も同時に暗くなった。
 
会場が騒然とする中、司会者だけが違う空間にいるようだった。最後のなす美の表情を思うと、恐怖や驚きよりも悲しみの感情が込み上げてきた。彼は、表に何も書かれてない封筒をしばし見詰め、一度深呼吸し、真実が綴られている便箋を中から取り出した。