新作噺(三題話作品:神 とり 大統領)

物忘れby 網焼亭田楽

いつものよたろう話でございます。何だかんだ申しましても、旦那さまはよたろうに親切でございます。
いろいろと世間のことをよたろうに教えてあげるのですが、今日はどんなことを教えるのでしょうか。
 
「おい、よたろう」
「なんでございましょう、旦那さま」
「おまえさんもいつまでも無学じゃいけないな」
「なるほど、スイミングでもしなさいということで?」
「なんでだよ」
「海や川で、バタバタしてちゃいけないということですよね」
「おい、よたろう。何言ってるんだい」
「だから、溺れないようにスイミングスクールに通いなさいっていうことで」
「そりゃ、もがくだろう。もがくんじゃなくて、無学じゃいけませんよと言ってるんだ」
「と言いますと、たとえばどんなことで?」
「言葉にしたって、ちょっとやそっとのことぐらいは覚えておかなきゃならないんだ」
「へえ、そんなもんですかねえ。じゃ、ちょとやさんをそっと教えておくんなまし」
「何言ってんだよ。まあ、いいや。まずは、よたろう。こそあどってのは知ってるかい」
「いやですよ、旦那さま。それぐらいのことなら、あたいでも知ってます」
「へえ、すごいじゃないか。じゃ、言ってみな。まずは、こそあどの『こ』」
「ここはどこ?」
「『そ』」
「そこはどこ?」
「『あ』」
「あそこはどこ?」
「「ど』」
「どこどこどこ?」
「何探してんだい。そうじゃないよ、そうじゃなくって、一般的には、これ、それ、あれ、どれ、みたいなことを言うんだよ」
「ま、似たようなもので」
「違う違う、全然違うよ。いいかい、よたろう。よく覚えておくんだよ」
「旦那さま。自慢じゃございませんが、あたいは三歩歩くと忘れちまいます」
「まるでニワトリみたいなやつだね」
「嫌ですよお、旦那さま。そんなに褒めないでください」
「おいおい。誰も褒めちゃいないよ。まずはおまえさん、その物忘れのひどさを治さなくちゃならないね。ちょっと、練習してみるかい」
「へい。ニワトリの歩き方ですね」
「どうして、そっちへ行っちゃうんだよ。違うよ、物忘れのひどさを治そうと言ってるんだよ」
「ニワトリの?」
「おまえさんのだよ」
「あたいのですか!?」
「何すっとんきょうな声出してるんだよ。ここには、おまえさんとあたししかいないだろう」
「では何とか、あたしさんの方にしていただけませんでしょう」
「わけのわかんないこと言ってないで、さっそく練習を始めるよ」
「どうしても?」
「おまえさんのためなんだから」
「わかりました。そこまで言うなら、ここは旦那さまの顔を立てましょう。あたいはトサカを立てますから」
「一度ニワトリから離れなさいよ。そうでなくても三歩歩くと忘れちまうんだから」
「二歩の時もございます。なんなら一歩におまけしておきますが」
「おいおい。そりゃ、もはや神ってるよ。一歩で忘れちまっちゃ、子どもの使いもできやしない。そうだ、お使いをして練習しようじゃないか」
「ニワトリのですか?」
「物忘れのひどさを治すんだろ。いいかい、今からお使いに行ってもらうから、良く聞いておくんだよ」
「わかりました、旦那さま」
「では、まず酒を買って来てくれ。酒の肴(さかな)はアタリメだ。それに、いや、始めからそんなにたくさん頼んじゃ忘れちまうな。よたろう、わかったかい」
「もちろんです」
「よしよし。じゃ、何屋さんへ行けばいいかわかるね」
「へい、さかな屋さん」
「おいおい、何でだよ。あたしの言ったこと、ちゃんと聞いてたのかい」
「鮭を買って来てくれ。鮭は魚だ当たり前」
「おいおい。全然違っちゃってるじゃないか。物忘れのひどさの前に、物覚えの悪さも治さなきゃならないねえ。いいかい、よたろう。ものを覚える時には声を出しながら覚えると良く覚えることができるそうだ」
「旦那さま。物覚えが良くなると、何かいいことでもあるんでしょうか」
「あるさ、あるある。物覚えが良くなれば成績もあがる。うんと勉強すれば、末は博士か大臣にだってなれるかもしれないよ」
「できれば、大統領に」
「すごい野望だね、よたろう。それもこれも今後の努力次第ってわけだ。まずは、声を出して覚えようじゃないか」
「そうしようじゃないか」
「おまえさん、言葉遣いもおかしいよ。まあいいや。いいかい、声に出して覚えるんだよ」
「へい。コケコッコ~」
「おいおい。ニワトリの鳴き声じゃないよ。いいかげん、ニワトリのことは忘れなさい」
「どうやら物忘れのひどさは治ったようでございます」
 
せっかくの教えもよたろうの身についているのかどうか。いずれにせよ、よたろうにはとてもあまい旦那さまでございました。