小説(三題話作品:神 とり 大統領)

 恋人たちの年の暮れ by k.m.joe


「神様仏様、今年こそ当たりますように!」
 
テーブルの向かい側で拝む恵の姿は、もう何年も見ているが、今年は特に気合いが入っている。幸男の目にはそう映った。付き合い始めて6年、同棲生活は3年。結婚に踏み切れないのは、二人とも定着した仕事に就いておらず、先行きが不安だからだ。そういう時期こそ堅実さが必要なのだが、ついつい宝くじなんぞ買ってしまう。困った事にここは意見が一致する。
 
年末ジャンボ、今年最後の大勝負。大晦日まで仕事をした二人は、帰宅後二人で確認しようと決めていた。食事も風呂も済ませ、気持ちを落ち着かせて、厳粛な儀式に臨む。50枚の宝くじを番号が見えるようにテーブルに並べ、テレビで紅白歌合戦を放送している中、スマホから当選番号掲示のサイトにアクセスした。二人で念入りに確認。その20分あまりの時間が、幸福の時だったかも知れない。すぐに厳しい現実が訪れ、ため息混じりの二人を後ろ倒しにした。
 
「ダメだ~」「ダメね~」落胆のハーモニーが虚脱感を生み、紅白に戻したテレビ画面も全く頭に入らなかった。
 
「そうだ、トランプでもしよう!」
 
幸男が、背後にある小さな本棚の横からビニール袋を取り出した。書類のような紙切れのようなものが床に数枚落ちたが、幸男はよく見もせず本棚の横に戻した。
 
「ジャジャーン!」
 
恵は気乗りしないものの起き上がり、トランプを見た。あぁ、幸男が買いそうなヤツ。心の声に止めたが、よくトンチンカンな衝動買いをする幸男だった。トランプの表は、アメリカの次期大統領トランプ氏だ。右手を上げ、口を歪ませながら熱弁するお馴染みの姿。
「これ、トランプ大統領トランプって言うんだよ。ははは」
「まさか買ったんじゃないでしょうね」
「買わなきゃどうすんのよ!」
 
ダメだ、こりゃ。心の声に止めたが、コタツのテーブルにうっ伏し態度には出した。伝わらないだろうけど。
 
「ババ抜きやろう!」
「二人じゃダメでしょ」
「七並べ!」
「シチなんて、質屋連想するから止めて」
「神経衰弱!」
「今一番聞きたくない言葉」
 
やっと幸男にも恵の気持ちが伝わったようだ。しばしの沈黙の中、テレビ画面に目をやると、紅白もフィナーレを迎えていた。
 
「今年のトリは誰だったんだろう?てゆーか音が出てないじゃん」
「あ、ごめんごめん、リモコン踏んでた。なんか5人組の男が歌ってたなぁ」
「嵐?はちょっと前歌ってたよねぇ・・・ギャッ!キムタクがいるじゃん。中居くんも。SMAPが出たの!?オーマイガッ!!」
 
コタツのテーブルは思ったより痛かった。おでこをしたたかに打ちつけた恵は、おかげで現実に戻った。
 
「初詣に行こうかぁ」
「そうだね、行くか」
 
二人が身支度をしている時、幸男が座っていた場所に一枚の宝くじが落ちているのに恵が気付いた。むむむ、外れくじはきちんと片付けたはず。コートに片手を通したまま宝くじを拾い上げた。半信半疑でサイトを再チェック。
 
やがて、恵の動きが止まった。鈍感な幸男もさすがに異変に気付く。放心した表情の恵は、宝くじをヒラヒラさせながら、喉に張り付いた声で、
 
「いーーっせーんまーーん」
 
「えっ!?当たってんの!!」「イエス、ウィ・キャン!」
「それ、オバうぐっ」幸男の唇を唇で塞ぐ恵。幸男も連続攻撃で返す。そのまま二人は狭い部屋を右に左に転がり始めた。
 
チュチュチュ、ゴロンゴロンゴロン。チュチュチュ、ゴロンゴロンゴロン。
 
恵は幸男の肩越しに、クシャクシャになりかけた宝くじの皺を延ばし眺めていたが、やがて重要な事に気が付いた。
 
わっ!これ、去年のだ!
 
チュ、ゴロン。チュ、ゴロン。
 
まぁ、いいか。もうちょっと夢見とこっ。
 
チュチュチュ、ゴロンゴロンゴロンゴロン。チュチュチュ、ゴロンゴロンゴロン・・・。
 
(おわり)